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急性心膜炎(Acute pericarditis)についてまとめてみた 2020.11.1

胸痛といえば、急性冠症候群(ACS)や肺血栓塞栓症(PTE)が鑑別に浮かぶと思いますが、他にも鑑別として急性心膜炎(Acute pericarditis)があげられます。

急性心膜炎はそれほど頻度は多くない疾患ですが、日頃から胸痛の患者さんの診療をしていると、まさに忘れた頃にやってきます。

急性心膜炎の患者さんは胸痛を主訴に来院し、心電図でST変化がみられることから、急性冠症候群が疑われることが多く、冠動脈造影で狭窄がないことから急性心膜炎の診断にいたることもあります。

そんな急性心膜炎ですが、日本循環器学会からは心膜炎に関するガイドラインは発表されていません。そこで、今回はヨーロッパ循環器学会(Eouropean Society of Caridology:ESC)が2015年に発表した『2015 ESC Guidelines for the diagnosis and management of pericardial diseases』と、2015年にJAMAから発表された『Evaluation and Treatment of Pericarditis.  A Systematic Review』 (JAMA. 2015;314(14):1498-1506)をもとに、急性心膜炎についてまとめていきます


急性心膜炎の原因

急性心膜炎の原因はたくさんありますが、原因についてまとめられた表をJAMAのシステマティックレビューから引用します。

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心膜炎の原因は地域や報告によって大きく異なりますが、欧米では80〜90%が特発性、すなわち原因が断定できないものに分類されます(特発性の中には原因ウイルスが同定できないウイルス性心膜炎も含まれます)。

感染性のものはウイルス性、結核を含めた細菌性があり、まれに真菌や寄生虫も心膜炎の原因になるそうです。

非感染性のものとしては、悪性腫瘍(肺癌、乳癌、リンパ腫など)や自己免疫疾患(SLE、シェーグレン症候群、関節リウマチ、強皮症など)等があり、先進国では近年のカテーテル手技増加に伴い、手技に関連する心膜炎が増加しています。


原因精査にこだわらなくていい?

上述のごとく心膜炎の原因はたくさんありますが、実際には原因が断定できないことが多々あります。そして、原因不明の特発性心膜炎は予後がそれほど悪くないため、ESCガイドラインでは以下のように記載されています。

It is not mandatory to search for the aetiology in all patients, especially in countries with a low prevalence of TB, because of the relatively benign course associated with the common causes of pericarditis and the relatively low yield of diagnostic investigation.

「予後が良好だし、精査しても得るものが少ないから、原因精査はそこまでがんばらなくていい」と・・・。ヨーロッパらしい現実的な意見です。

実際、一生懸命調べても原因がわからず、検査結果がでそろった頃には患者さんの症状が改善しているなんてこともよくありますので、あながち間違いではないかもしれません。


診断基準

では、急性心膜炎はどのように診断するのでしょうか。

ESCガイドラインでは、以下の4項目のうち2項目以上みたす場合、急性心膜炎と診断すると記載しています。

1:胸痛
2:friction rub(心膜摩擦音)の聴取
3:心電図変化(広範な誘導でのST上昇、PR低下)
4:心嚢水貯留

以上の4項目のうち2項目満たすだけで診断に至りますので、比較的容易に診断されます。ただし、急性冠症候群(ACS)でも同様に胸痛、心電図変化はみられますし、心破裂を伴う場合は心嚢水貯留がみられることもありますので、ACSとの鑑別は留意する必要がありますね。


検査

ESCガイドラインでは「炎症マーカー(CRPや赤沈)の上昇は、急性心膜炎によくみられる所見であり、活動性のモニタリングや治療効果の判定に有用」と記載しています。

画像診断では心エコーの有用性は言うまでもありませんが、最近は心臓MRIが心膜の肥厚、炎症の有無や心膜液の評価などに有用とされています。

「心嚢水の定性検査は診断に有用でない」とJAMAのシステマティックレビューで記載していますので、診断目的の心嚢穿刺は積極的な適応はないでしょう。


まず心タンポナーデの有無を確認

急性心膜炎と診断したら、まず心タンポナーデの有無を評価します。具体的にはBeckの三徴(頸静脈怒張、低血圧、心音減弱)や奇脈(吸気時に血圧が10mmHg以上低下)の有無を確認します。

そして時間的に余裕があれば心エコーで心タンポナーデに特徴的な所見(右房や右室の虚脱、下大静脈の拡張、心室流入血流速波形の呼吸性変動)がないかチェックします。

「左室流入速波形の呼吸性変動」はどんな所見かイメージしにくいと思います。僧帽弁を左房から左室へ流れる血流はE波とA波に分けられますが、そのE波が吸気時に減少し、呼気時に増大する所見のことを言います。

もし心膜炎に心タンポナーデを併発している場合は速やかに心嚢穿刺を検討しましょう。一方、心タンポナーデがみられない場合は、上述のごとく心嚢液から得られる情報は限定的ですので、検査のための心嚢穿刺は必須ではありません。


急性心膜炎の薬物治療

次に急性心膜炎の薬物治療について、ESCガイドラインをみていきましょう。

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アスピリンもしくはNSAIDsをclass Ⅰで推奨し、補助療法としてコルヒチンをclass Ⅰで推奨しています。各薬剤の推奨される投与量については以下の表にまとめられています。

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アスピリン 750〜1000mgもしくはイブプロフェン 600mgを8時間毎で、1〜2週間投与を推奨しています。

この投与量はアスピリン、イブプロフェンとも、日本の添付文書に記載されている用量と比べるとかなり多く設定されています。というより、アスピリン、イブプロフェンはいずれも添付文書の効能・効果に「急性心膜炎」の記載がありません。

イブプロフェンの添付文書をみてみましょう。効能・効果を引用します。

1:下記疾患並びに症状の消炎・鎮痛 
関節リウマチ、関節痛及び関節炎、神経痛及び神経炎、背腰痛、頸腕症候群、子宮付属器炎、月経困難症、紅斑(結節性 紅斑、多形滲出性紅斑、遠心性環状紅斑)
2:手術並びに外傷後の消炎・鎮痛
3:下記疾患の解熱・鎮痛
 
急性上気道炎(急性気管支炎を伴う急性上気道炎を含む)

これら1〜3いずれの用法用量においても、1日の最大用量が600mgですので、ESCの推奨量はその3倍にあたります。アスピリンは1日100mgが通常量ですので、ESCガイドラインの推奨量は両薬剤とも添付文書を逸脱した量になってしまいます。

現実的には添付文書の用量がESC推奨量に比較的近い、イブプロフェンを1日600mg処方するのが妥当な選択肢でしょうか。いずれにせよ、オフラベル使用であることは認識しておいたほうが良いでしょう。


コルヒチン

ESCガイドラインではコルヒチンを第一選択薬ではなく、アスピリン or NSAIDsの補助療法として「体重70kg未満は0.5mgを1日1回、体重70kg異常では0.5mgを1日2回投与」で推奨しています。

コルヒチンの添付文書から用法用量をみてみましょう。

痛風発作の緩解及び予防
通常、成人にはコルヒチンとして1日3〜4mgを 6〜8回に分割経口投与する。
なお、年齢、症状により適宜増減する。
発病予防には通常、成人にはコルヒチンとして1日0.5〜1 mg、発作予感時には1 回0.5mgを経口投与する。
家族性地中海熱
通常、成人にはコルヒチンとして1日0.5mgを1回又は2回に分けて経口投与する。

コルヒチンはESCの推奨量が、日本の添付文書の用法用量から逸脱していないので、使いやすいですね。

ただし、コルヒチンも効能・効果は、「痛風発作の緩解及び予防」、「家族性地中海熱」しか記載がありませんので、急性心膜炎への投与はオフラベルになります。


まとめ

以上、急性心膜炎についてまとめました。

急性心膜炎は鑑別に浮かびさえすれば診断は容易ですが、ACSと類似した症状や所見がみられますので、ACSが否定できないときは循環器内科医に判断を仰いだほうがよいでしょう

アスピリン、NSAIDsの投与量は日本の添付文書に準じた用量を使うのが現実的でしょう。コルヒチンはオフラベルであることを患者さんが理解してくれれば、併用するのはありだと思います。


このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
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