黒歴史ブログをお母さんに見られた

 皆さんには、「黒歴史ノート」はあるだろうか。

 なんとなくだが、noteを書いている皆さんのほとんどは、何冊かそういうのをお持ちではないかと推察する。
 「黒歴史ノート」は大抵、創作と大きく関わっているからだ。

 俺の場合は、中2の頃に描いていた漫画と、絵の練習帳がそれに当たるだろう。漫画は「新世紀少年 山田(やまでん)!」というタイトルで、プロローグ「鮮血の予感」の最初の5ページで終わっている。

 黒歴史ノートに描かれた(書かれた)創作物は多くの場合、パクリの引用元が明確だ。
 「新世紀少年 山田!」というタイトルはたぶん「世紀末リーダー伝!たけし」と「20世紀少年」あたりからだろう。当時まさに読んでいた漫画だ。

 「新世紀少年 山田!」はギャグ漫画として連載がスタートしたものの、作者がちょうどハンターハンターにハマっていたことで、主人公の「シド」が非常に動物に懐かれているという描写から始まり、次のページではライバルの「ラルゴ」が真っ暗な部屋の中で拷問を受けているシーンが挿入される。

 特に理由は無いが、シドは旅に出ることを決意し、故郷の村を黒のスーツを身に着けて旅立つ。もちろんネクタイも黒だ。一番かっこいいからだ。

 故郷の村にいる恋人「ネム」とのキスシーンは、誰に見せるわけでもないのに描くのがやたら恥ずかしかった。中学生の俺には「俺がキスシーンを描く」ということがとても照れることだったのだ。そしてキスシーンまで描ききって、連載は終了した。プロローグすら最後まで語られず「新世紀少年 山田!」は打ち切りになった。タイトルの「山田」が登場することはなかった。

 「小林賢太郎戯曲集」に憧れてオリジナルコント台本を「戯曲集」と名付けたキャンパスノートは、トマトになりたい高校生が同級生にその夢を打ち明けるというコントから始まるが、震えるほど面白くなかったのは明確に覚えている。

 十数年前のお笑い好きの中学生の多くはラーメンズに憧れたはずだが、ダウ90000になれずに散っていった俺たちの「シュール」を集めてシンポジウムを開きたい。震えるほど面白くない会になるだろう。

 あのノートだけは処分しないと死ぬわけにはいかない、というノートたちは、数年前に実家を大片付けした際に全て焼却場に持っていくことができた。俺の「黒歴史」は二酸化炭素と水となって地球の思い出に変わり、燃え残った灰は浦和フェニックス(さいたま市最終処分場)に眠っている。

 十数年前、俺が中高生の頃は、インターネットの世界は今とずいぶん違っていた。
 まず匿名が当たり前だったし、「リアルの世界」とインターネットの世界はほとんど完全に無関係だった。

 「リア充」という死語は、「リアルが充実している」という意味で、ネットではなく現実で友達が多かったり彼女がいたりする人間のことを指したが、これはネットにいる友人知人と現実の友人知人は全然関係ないことを示している。ネットで「バズ」ってもネットの中でチヤホヤされるだけだったのだ。

 「インターネットを見てる奴」と「見てない奴」もはっきり分かれていて、ネットを見てない「一般ピーポー(パンピー)」は、本当に全くネットに触れてなかった。だからネットで有名な「面白ネタ」とかをウケると思ってクラスで披露すると、とんでもない空気になってしまうことは多々あった。

 今でいうと「なぁぜ、なぁぜ?」なんてやろうものなら、当時だったら数人のオタクだけが少し反応するだけで教室はヒエッヒエの空気になるだろう。

 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら私のところに来なさい。以上」

 と、同級生のひとりが自己紹介して目も当てられない惨状になっていた。
 どう考えても予想できただろうに。しかし、くじけず最後まで言い切れたのはすごいよな。

 俺は高校生のときブログをやっていたが、もちろんリアルの友人知人には教えていなかった。文体はほとんど今と変わらなかったはずだが、「無職・童貞」キャラで変態的な内容の独白をひたすら書き綴っている文章だった。

 これも今と違う点だが、当時のネットで「無職」を自称してない奴はほとんどいなかったと思う。自分語りするときは基本的に失敗談や情けない話が語られ、自慢や成功談は煙たがられるか無視されていた。
 「ここはお前が来るようなところじゃない」とベテランの囚人が新入りに諭すように、「リア充」をネットの世界から放逐する圧力が常に働いていたように思う。

 そうしたトレンドにしたがって、俺のブログの内容は「モテない」とか「働いたら負け」とか「JKの自転車のサドルになりたい」とかそういう類のものだった。
 これは実際のところ嘘でも本音でもないのだが、当時のネットでこうした言説は至極一般的であったということには特に留意されたい。

 あるとき、さっき自己紹介でハルヒの真似をして惨憺たる結果になっていた奴が「ブログをやっている」ということで、色々と話をしていた。

 彼はゲームを作ったりペンタブで絵を描いたりしてる「クリエイティブ系」のオタクで、俺たちの間ではワンランク上の存在だった。

 教室におけるプロップスは全くもって低いのだが、オタク界隈ではやっぱり「創ってる」奴は偉いのだ。しかもそれを堂々と公言するというのはさらにワンランク上だ。なかなか出来ることではない。「黒歴史ノート」を現在進行系で晒している可能性があるからだ。

 俺もネットラジオをやったりブログを書いたりネットの世界でひっそり活動していたが、それをリアルで公言することは避けていた。
 「JKの自転車のサドルになりたい」なんて言ってるのがバレたら俺の高校生活が終わるからだ。あだ名が「サドル」になったら親になんて説明する?

 だが、「彼に認められたい」という気持ちもあった。
 堂々とハルヒの真似をするような奴だから、妙なカリスマ性があったのだ。そこで彼にだけ俺のブログを教えることにした。

 「俺も実はブログやっててさ……」
 「そうなの! 教えてよ」

 こともなげに彼は言う。まるで「普通の人間はブログをやってるものだ」とでも言うかのようだ。

 「URLメールで送るね」
 「おっけ、見とく」

 コピーしたURLは、俺の自信作である「女子高生のスカートになりたい」という記事だった。念のため言っておくが、こうした言説は当時は至極一般てk(ry

 たしかに送ったのだが、彼はいっこうに携帯を見てくれない。なんだかんだ言って興味なかったのかな、と無性に悲しくなる。

 「メール届いてない?」
 「え? 送った?」
 「送った送った」

 あれ、と思って自分の携帯の送信済みフォルダを確認する。URLは合ってる。ちゃんと送ってある。送信先は……、「母」
 ……え? 母!?

 お母さんに送ってるじゃねえか。URLを踏んで確かめる。「女子高生のスカートになりたい」という旨が熱く綴られた渾身の記事だ。ちょっと待ってくれ。絶対にお母さんにだけは見せてはならない内容だぞ。

……

 「あんた将来の夢とかあるの?」
 「いや、特に無いけど。テレビ局とか入りたいかな」
 「そしたら良い大学行かないとね〜」

……

 違うんだお母さん。違うんだ。本当は女子高生のスカートになるのが夢とかじゃないんだよ。嘘ではないけど。嘘ではないけど違うんだ。

 これを見られたら終わりだ。母の無償の愛を今後受けられなくなる。いやちょっと待てよ。俺のブログじゃないことにすればいいんだ。
 友達のブログのURLを送っちゃった、てへへ。
 これで行こう。

 だがURLには俺の名字が含まれていた。ダメだ。
 URLの意味がわかる人間なら一発で俺のブログだとわかる。母はどっちかっていうと情弱……。なんとかなるか? どうなんだ!?

 すぐにブログを消去して母に電話をかける。母は電話に出ない。
 絶望にうちひしがれながら、俺は早急に家に帰った。

 あのブログを母が見たのか、それとなく確認したのだが曖昧な回答しか得られなかった。

 一応「友達のブログ」っていうことにしたのだが、「メールで送ったやつ見てないよね?」って聞くと母はいつもしどろもどろになっていた。全部わかった上で息子を傷つけまいとしていたのかもしれない。

 数年前に母は他界したから、あのブログを覚えてるのは、今やこの世で俺だけだ。

 そしてまた、親には見せられない文章を書いている。いや、まあもう見せてもいいような気もする。AVをお気に入り順に並べてるような親父のせがれなんだから、こんな仕上がりにもなるよ。

 15年前の青ざめてる俺に見せたら、笑ってくれるだろうか。そんなことより「母ちゃん死んだの!?」ってなるだろうな。
 まあなんとか乗り越えて、今も変わらず元気でやってるよ。

 今となっては良い思い出である。

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