ネットの霊能力者に霊視してもらった
たとえばある日の昼下がり、みなさんが家で1人で何かしてるとする。何してるもんだ? 筆算? じゃあ筆算してると。筆算おもしろいもんな。うんうん、いいんだよ。恥ずかしいことじゃないよ。筆算楽しいもんな! うん。俺もたまにするし。全然全然! 良いじゃん筆算。変じゃないって! 変じゃないよ。ほら、いいよな繰り上がりのところとかさ。泣くなって! 変じゃないから! ごめん、ごめんて。一瞬変な顔してごめんて。
ピンポーン。呼び鈴が鳴る。ドアを開けるとニッコリ笑った俺が立っている。
「お忙しかったですか?」「ああ、筆算を?(笑)」「ああ、いやいや、全然変とかじゃなくて。すいませんニヤッとして」「ああ、泣かないでください……!」
涙を拭きながら俺を見る。俺は小脇に大事そうに「壺」を抱えている。
「スピリチュアル・コンシェルジュの俺と申します」
「しかしあなた、ん〜。失礼ですが、オーラが少し濁っておいでだ」
「そこでこの壺なんですがね」
俺は「幸福になれる壺」を20万で売ろうとする。玄関に置いておくだけでニッコリ幸せになれる壺。20万円。買いますか?
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当然買わないだろう。みなさんはほら、計算が得意だしな(笑)
それはそうだし、大体「スピリチュアル」と名の付くものって「レターパックで現金送れ」と同じことじゃないですか。すべてアレですから。信じないでください。
「幸福になる壺」なんか誰も信じまい。そんなものに20万? 論外だな。一方でこれはどうだ。
ピンポーン。呼び鈴が鳴る。ドアを開けると俺が憔悴しきった顔で、目もうつろだ。青ざめて声が震えている。
俺は小脇に忌まわしそうに、薄汚れた「壺」を抱えている。
「理由は言えないんですが、今すぐこれを引き取ってもらえませんか?」
「タダでとは言いません。1ヶ月持っておくごとに毎月1万円差し上げます」
「その代わり今すぐ! 引き取ってください」
「注意点ですが、毎晩必ずお祈りを捧げて『ありがとう』と壺に向かって話しかけてください。絶対にそれだけは欠かさないでください。絶対に」
引き取りますか?
これはこれで嫌じゃないか? なんか不幸になりそうだ。
だが、もしこれを引き取れないというならば、要は「スピリチュアル」的な何かを信じてることにならないか。本当に信じないなら引き取れるはずだ。
したがって「幸福になる壺」も売り出し方によっては売れる可能性が出てきた。
あと2押しぐらいあれば俺もスピリチュアル・コンシェルジュとして第二の人生をスタートできる気がする。なんかアイディアは無いだろうか。
霊感商法は犯罪です。
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俺はオカルトマニアだから、怖い話や都市伝説が大好物だ。だが幽霊とやらを見たことがない。だから「霊感がある」という人を見ると複雑な気持ちになる。「いいなあ」という気持ちが半分と、「そんなわけねえだろ」という気持ちが半分だ。
中学2年のときにみんなの注目を集めたくて「幽霊が見える」と言い出した。手始めに学校の中のちょっと不気味なところで幽霊を見たことにして親友に話した。
「あそこ幽霊いるよ」
「へえ、そうなんだ(笑)」
「マジでマジでマジで」
「うんうん(笑)」
あ、これは……いけませんねえ、と思って、その日に幽霊が見えるキャラを引退した。彼には感謝してる。彼が信じてたら今ごろスピリチュアル・コンシェルジュになっていただろう。
霊感商法は犯罪です。
高校生のときに、ある日曜日だ。その日は朝まで起きていて、陽が昇ってきたので眠くなってきた。布団に入って眠る。昼の12時ぐらいに起きた。
ものすごい怖い夢を見た。本当に怖い夢だ。ここで書くと一気に怖い記事になってしまうから割愛するが、めちゃくちゃ怖かった。うわあ怖かったなぁと思いながら、もう少し寝ようと思った。夕方ぐらいまで二度寝しようと目をつぶる。
寝る直前の、夢とうつつの間の瞬間ってあるだろう。その瞬間のことだ。
俺は横向きに寝ていて、後ろには窓があった。前方は俺の部屋の室内だ。目の前に小さな子供がうずくまっていた。見たことのない子供。その子が俺の後ろの窓を指差す。
「後ろの窓から、誰か見てるかもしれないよ」
?? 後ろの窓から? 怖いこと言うなよ。ただでさえさっき怖い夢見たのに。まあまあ、一応確認しておくか。一応な。俺は寝返りを打って後ろの窓を確認しようとした。
!? 体が動かない。一切動かない。嘘だろ。声も出ない。なんだこれ。
人生で初めての「金縛り」だった。このタイミングで来る!? 怖すぎる。どうしようもできない。ただじっと体が動くのを待つだけだ。後ろの窓はどうなった? どうなるんだ俺。どうなるんだ!
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しばらくすると体が動くようになった。急いで窓を確認する。何もいない。
それにしても怖かった。なんだ今のは。俺にとって初めての「心霊体験(?)」だった。心臓のバクバクが止まらない。
当時「2ちゃんねる」には「オカルト」という掲示板があった。たぶん今もある。「2ちゃんねる」は色んな掲示板の集合体で、「なんJ」とか「ニュース速報」とかも、そういった掲示板群のひとつだ。
当時のオカルト掲示板はかなり盛り上がっていて、様々なスレッドで様々なオカルト談義が繰り広げられていた。その中に「霊視スレ」というのがあった。
「霊視」とは、どんな霊が取り憑いているかを鑑定することだ。当時、霊視スレには数人の霊能力者がいて、霊的事件の相談を書き込むと掲示板越しに霊を見てくれた。相談が無くて暇なときは、未解決事件を霊能力を使って捜査するなどもしていた。身近に霊能力者のいない俺にとって、この霊視スレの能力者たちが唯一の頼れる相手だった。
俺はさっきあったことを詳細に書き込んだ。怖い夢、うずくまる子供、金縛り。どんな霊が取り憑いてるんでしょうか? 俺は震えながら回答を待った。
数分で「ダグさん」という方がレスを返してくれた。ダグさんは霊視スレで最も信頼される霊能力者で、ちょうど当時、福岡県で小学生が殺害された事件も霊視していた。この事件は真犯人がわからない事件としてネットで話題になっていて、小学生の父親を犯人とする説がネットでは主流だった。
「松ぼっくりが見えます」。殺害現場は林の中だった。
「ブルーシート……」「ボサノバのCD……」
「毛むくじゃらの太い腕……」
ダグさんは亡くなった小学生の最期の光景を霊視した。そして「毛むくじゃらの太い腕」から、「父親が犯人」と結論づけていた。
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ダグさんの俺への回答はこうだった。
「とんでもない気配を感じてすぐに霊視しました」
「結論から言うと、命の危険があるほどの悪霊があなたに近づいています」
「これに対処できるのはあなたのお母さんだけです。お寺や神社に相談しても無駄です」
「そこから動かずに、すぐにお母さんに連絡を取りなさい」
なんということだ。命の危険だと? 怖すぎる。怖すぎるぞ。俺はダグさんを信じた。これには理由がある。
俺の家は農家だから、両親はいつも家の近くの畑にいた。だからいざとなればすぐに連絡がつく。だが、この日だけたまたま母親が八丈島に旅行に行って家にいなかった。そんなことは数年に一度しかないのだ。数年に一度の母親がいないタイミングで母親しか対処できない悪霊が襲ってきたというのは、めちゃくちゃ信憑性がある話だった。
俺は言われた通りお母さんに電話をかける。
プー、プー。繋がらない。
「お母さん電話繋がらないです……」
「何度もかけなさい! お母さんにも危険が迫っているかもしれない」
何度も何度も電話をかける。繋がらない。
「お母さんに繋がったら、『さこ』という名前に聞き覚えがないか聞いてください」
ダグさんが追い討ちをかけてくる。怖すぎる。お母さん、「さこ」に何したんだよ。謝ってくれ「さこ」に。俺がぶっ殺されそうなんだが。俺は何度も電話をかけたが、「プー、プー。この電話は、電波の届かないところにあります」が何度も聞こえるだけだった。
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部屋の隅っこでガタガタ震えながら母親からの折り返しを待った。物音ひとつ立てるのも怖い。悪霊に存在を悟られたくないからだ。じっと息を殺す。1時間ぐらいそうしていただろうか。すると、腹が減ってきた。
なんだかんだ言って日曜日の昼間だ。雨でもない。外はピーカン晴れている。よく考えると、あれだ、大丈夫な気がしてきた。なんかどうでもよくなってきた。いつまで経っても悪霊は俺をぶっ殺しに来ないし、冷静に見ればただのよく晴れた昼下がり。部屋を出てみた。なんともない。なんだ。もういいか。
俺は居間に行って冷蔵庫を開けた。「北海道チーズ蒸しケーキ」が冷やしてあった。勝手に食う。プルルルルル。そこで電話が鳴った。
お母さんだった。うわ、そういえばお母さんとかいうのがいたな。横浜行きのフェリーに乗ってて電波が入らなかったらしい。横浜に着いたら俺から20件近く着信があったからすぐに電話したのだそうだ。どうしよう。なんて説明しよう。
俺は親に2ちゃんねる見てることを言ってなかった(当時は恥ずかしいことだったのだ)。だから言えることは「怖い夢見た」「金縛りにあった」「怖かったからお母さんに電話した」。かっこ悪すぎる。マザコンじゃないか。これは圧倒的にマザコンだ。男子高校生のメンツは丸潰れだ。他の理由はなんか無いか。
「ああ、あの、チーズ蒸しケーキ食べていいか聞こうと思って」
「?? ああ、うん、いいよ? え、それだけ?」
「おぉぉん……」
絶対それだけで20件近く電話かけねえだろ、という気持ちを押し殺したような声色だったが、俺の「それ以上聞くな」という圧力を感じたのか納得してくれた。電話を切って外に出ると、悪霊が嘘みたいな青い空だった。
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それからダグさんに無事だった旨を雑に報告して、その件は終わった。
数日後、さっきチラッと触れた福岡県の小学生殺害事件の真犯人が捕まった。犯人は小学生の母親だった。
当時「ニュース速報」という掲示板が2ちゃんで一番盛り上がっていたのだが、この「霊視スレ」がニュー速民に見つかった。
「『ダグ』とかいう自称霊能力者がトンチンカンな推理をして見事に外した」という内容だった。ダグさんをからかってやろうと大量のニュー速民が霊視スレになだれ込んできた。
ダグさんは悪辣なニュー速民に血祭りに上げられ、その流れ弾でダグさんに相談していた俺まで吊し上げを食らった。「自称霊能力者に見事だまされたバカなやつ」ということでしばらくニュー速民のおもちゃになった。こいつらのがよっぽど悪霊じゃねえか。
しばらくすると飽きたのかニュー速民はいなくなった。ダグさんはもう、そのスレに現れることは二度となかった。
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中高生の頃、ネットの世界で出会った「霊能力者」は何人かいるんだが、今振り返ると占ってもらった内容全部外れている。中3のときに知り合った人はスカイプで占ってもらったんだが「高校生になったら何人も彼女できるよ」と言っていたな。お前は誰の何を見たんだ? ちょっと信じてたのに。ちょっと信じてたんだぞ。
当たりゃしねえな。霊感ね。どうなんだろう。それでもちょっとはホンモノがいるんじゃないかと心のどこかで信じている俺がいる。小学生の頃からの筋金入りのオカルトマニアだ。幽霊も見てみたいし、霊能者にも会ってみたい。「紫の鏡」だって20歳の誕生日にしっかり覚えていた。なんにも起きなかったな。生きてる間に一回ぐらいは幽霊と会えるだろうか。ずっと楽しみにしている。
というわけで今回はおしまい。
良いと思った方は高評価と壺の購入をお願いします!
霊感商法は犯罪です。
今となっては良い思い出である。
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