私の嫌いなもの

昨日の夜、犬の散歩をしながら
新築のマンションの前を通った。

真っ白な壁、同じ玄関扉に同じ照明が
規則正しく並んでいて
「ああ、素晴らしい」と思った。

私は無機質で、かつ清潔感のあるものが好きなのだ。

全てが同じつくり、個性なんて欠片もなく
情感に訴えてくるものが何も無い物体。
最高だ。

この感性に、東京生まれ東京育ちの自分のルーツを感じる。

私の嫌いなものは、
古いアパートや団地、趣のある一軒家、
商店街、古い喫茶店や床屋、
昔からある銭湯、フォークソング、
夕暮れの街並み、いやもはや夕陽そのもの…

お分かりいただけただろうか?
私は情緒を感じる一切のものが大嫌いなのだ。

ノスタルジー、最悪な感情だ。

懐かしさや切なさは
寂寞とした心細さに変わり、
私を殺そうとするとさえ思っている。
本気で思っている。

20代前半の頃、当時付き合っていた人と
スカイツリーに登った。
大好きな相手とのデートである。
楽しくて仕方なかったが、
ふと気が付くと陽が落ちようとしている。
夕陽が浅草の下町をオレンジ色に照らす。
その瞬間居てもたってもいられず、
相手の手を取り速足で駅に向かった。
知らない街で見る夕陽に
猛烈に不安な思いになり、
泣き出しそうになるほどだった。

この体験はトラウマとして残り、
以後、知らない街は夕暮れを迎える前に離れる
という確固とした決まりが出来た。

もうひとつ、トラウマがある。
小田和正。
私の天敵だ。

保険のCMだったと思うが、
小田和正の曲と共に
たくさんの写真がスライドショーのように
画面を流れていくあのCM。

あなたに会えて本当によかった
嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない
ラ〜ラ〜ラ〜 ララ〜ラ〜ララ〜

当時、私は小学生だった。
あのCMが流れるたびにテレビから目を背け、
あの曲が聴こえないように耳を塞いだことを覚えている。

私がこの世で最も憎しみを抱いている歌手、小田和正。
裁判で訴えたいほど耐え難く苦しいCMだった。
あんなもの、二度と作らないで欲しい。

と、いったように
私の苦手なものはゴキブリでもパクチーでもなく
情感に訴えかけてくる切なさを孕んだものだ。

この話は親しい友人やかつての恋人、
家族に話したことがあるが、ほとんどが
「なにそれ変わってるね」といった反応だった。
唯一祖母だけが、
「わかるわ。夕陽って寂寞とした思いになるのよね〜」
と共感してくれた。
私はその時初めて「寂寞」という言葉を知り、
急いで帰って辞書を引いた。
高校生の時だった。
これはなかなか嬉しい出来事で、
大切な思い出として心の宝箱にしまっている。

私は25歳から31歳までの6年間、
京都(一部滋賀だが活動拠点は京都だったため京都とする)に住んでいた。
自然が多く気に入っていたのだけれど、
やはり情緒溢れる土地であるため
心細さに震える経験は多かった。

当時住んでいた家は、
築50年〜60年ほどだったろうと思う。
床、壁、全てが茶色い。
そしてなんとも、暗い。
冊子や溝が多く、埃が溜まる。
風呂とトイレはタイル張りだった。
カビが生えやすく、汚れが溜まる。
埃を払い掃除機をかけ雑巾までかけなければ
空気が一掃できないような気がする家だった。

それが今、東京の実家、オートロックの新しいマンションである。
私の大好きな真っ白な壁、ピカピカのフローリング。
いやというほど明るい照明。
不安になる要素は微塵もない。
切なさなどいつ感じたか思い出せない。
掃除だってクイックルワイパーひとつで完結する
フラットで無駄のない室内。

家は実用性だ。
趣のある家など、言ってしまえば古いだけだ。
生活しにくいったらない。 

古い町家で間接照明を置き
情感豊かにお洒落な生活をするなんて私には無理だ。
真っ白な壁のピカピカな家で、備え付けの照明を煌々とたいて暮らしたい。

感情を揺さぶられないことが安心できる環境には不可欠だ。

こういうことを言うと大都会が好きだと思われるけれどそれは違う。
自然は大好きだ。
とりわけ、草木はいい。
大きな木などはずっと見ていたい。
木は特に感情に訴えかけてこない。
「おお、大きいな」と生命エネルギーを感じるだけだ。

しかし、自然にも苦手なものはある。
田舎の畦道なんかは心細くなるし、
海は単純に怖い。
海の怖さが分かる人がいるだろうか?
海って、怖くないだろうか?
私の苦手なもの第一位が
情感に訴えかけてくる事象だとしたら
第二位が海だ。
正確には底が知れない水面全般。

このことはまた、
「私の嫌いなもの2」
とでも題して書こうと思う。

長くなった。
思えば人との会話の中で、
好きなものを話題にすることはあれど
嫌いなものをテーマにおくことはあまりないかも知れない。
ちょっと、面白いかも知れない。
あまり過激なモードに入らない程度に
嫌いなもの談義をしてみようかな、と思う。

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