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キドナプキディングの遠と盾


キドナプキディングが良かったという話をします。ネタバレを容赦なくします。

良く言うのが、西尾維新の主人公は世界に絶望を抱えており、腐れ縁のヒロインが存在し、唐突に現れて物語を終局に迎えさせる《敵》がいるということです。割とそんなことはないと思いますが、キドナプキディングの主人公とヒロインの関係性はそのような雰囲気漂う西尾維新作品の中でも強烈な新しさを放っていたと思います。

この20年で書いてきた小説を振り返ってみると、良くも悪くも強烈な個性を持った特別な人間ばかりを取り上げてきました。でも、世の中はそれだけではない。20年の集大成でありつつ、「20年の間に書いていなかった小説を書く」というアプローチから、「何の取り柄もない平凡な高校生」を書いてみようと思うに至りました。

西尾維新デビュー20周年記念ロング・ロングインタビュー 20タイトルをキーに語る、西尾ワールドの変遷(第5回)

このインタビューにも嘘は無いと思います。

玖渚盾と玖渚遠です。二人は従姉妹で、盾から見て母の兄が遠の父です。

玖渚盾は戯言遣いと天才ハッカーの間で愛されて育った感じが結構あります。誇り高き盾ってPVで自分で言ってしまっているのもそうだし、根明で子供らしく挑戦的で、そこそこ反抗期なのも良く育てられた感があります。一方で、遠の出生は薄暗いです。天才ハッカーであった父の妹を再現するためだけに育てられました。クローン人間であり、人生の目的を予め課されています。押し付けられる存在意義に反抗することは虚しく、半ば諦めています。この二人が古城で出会って、遠のクローン姉妹である近が殺されるのがキドナプキディングという話です。

ポイントが、遠と近は玖渚友のクローン人間ですが、精神性は至って普通というところです。友の能力をあまり受け継いでおらず、考え方は平凡です。特にはっきりとした描写は、死亡した近に手を合わせるところです。事件の推理を試みる盾が死体を検分します。そこでやってきたのが遠です。検分しているところで怪しまれないかと思った盾は、慌ててしまうのですが、遠は単に「妹の死体に手を合わせにきた。邪魔者の父や祖父母がいなくなったから」と言うのです。盾は異常ではなくて、普通に近のことを弔おうとする、普通さで遠のことを好きになったんだと思います。

これって、分かり合えない異常さで、分かり得ないことが返って分かり合うことになった戯言遣いと零崎人識の関係性と真逆です。盾と遠は、「あっ、意外とそういう心があるんだ」と意外な普通さで通じあったのだと思います。そこが今回の「平凡な高校生」のテーマと照らし合わせても秀逸な描写でした。澄百合学園出身で平凡がなんだと最初は思いましたが、細かいところを拾っていくと平凡だからこそ分かり合えたという描写があります。つまり西尾維新は、テーマに対して誠実に話を書いてると思います。親から引き継いだ盾の個性、無為識と青色サヴァンの組み合わせの相続については、まだわからないこともあるので考えを保留します。以上です。



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