縁起絵巻〜絵巻の中の地獄〜
コロナもあって県外へのお寺にも行けず、久しぶりの投稿です。
今回は私の記事の中で度々取り上げているテーマの「地獄」についてです。
まず、「地獄絵」と聞いてどのようなものをイメージしますか?「画面いっぱいの炎で表されている地獄」をイメージする方が多いように思います。有名なところですと「聖衆来迎寺の六道絵」がその一例です。他にも奈良国立博物館、東京国立博物館などが所蔵している「地獄草子」も有名です。
しかし、これら地獄をメインとした作品以外にも、地獄が登場する作品があります。それは「縁起絵巻」というものです。ピンとこない方も多いと思いますが、個人的には「北野天神縁起絵巻」の名が知れ渡っているのではないかなと思います。2019年に「KYOTO NIPPON FESTIVAl 2019」にてイラストレーターと国宝(北野天神縁起絵巻など)のコラボ展示もありました。
(出典:KYOTO NIPPON FESTIVAL プレリリース素材より)
縁起絵巻とは?
縁起絵巻とは簡単にいうと「神社やお寺、本尊の仏像を造るに至った経緯、由来」を描いた絵巻です。これらは伝承説話ですので、事実かどうかは定かではありません。他にも「信仰が生まれた経緯」を表した縁起絵巻もあります。
「タイトルが同じ『北野天神縁起絵巻』なのになんで絵柄が違うの?」と思う方もいると思います。縁起絵巻は1つのストーリーでも時代に時代によって色んな方が描いています。そこで、それらを区別するために「東京国立博物館本」「承久本」「益田家本」など作品の所蔵場所、制作年代を区別するために「○○本」というように表記しています。西洋美術においても『受胎告知』『ピエタ』など共通のテーマで複数の画家が描くことがあります。宗教に関わる制作はこのようなことが多いです。
それでは縁起絵巻での地獄の様相を少しだけみていきます。
北野天神縁起絵巻(承久本)
僧・日蔵が金峯山で修行をしていたところ、突然息途絶え13日後に蘇生するのだが、その間に金剛蔵王の案内で地獄へ訪れている。
北野天神縁起絵巻も1つだけではなく、承久本、建久本など時代を経て何種類か描かれています。上の写真は承久(江戸時代)の時に描かれた絵巻です。特に、この承久本は六道絵重視の作品であり、詞書が少なく(欠損しているか)地獄の様子が長く描かれています。しかし、地獄といってもの登場する地獄のキャラクターはどこか愛らしい表情をしていることがわかると思います。獄卒なんかは目にハイライトがありますね。
URL:メトロポリタン美術館(メトロポリタン本)
矢田地蔵縁起絵巻(矢田寺蔵)
人間界と冥土を行き来できた小野篁に閻魔は「よい伝戒師はいないか」と尋ねた。それに対し、小野篁は矢田寺の満慶を紹介した。満慶は冥土に出かけ、閻魔から菩薩戒を受けた。閻魔は菩薩戒を受けてくれたお礼として、地獄への旅に連れて行った。その地獄旅の中で満慶は地蔵菩薩(生身地蔵)が地獄の責苦から亡者を救っている姿を目にするのだ。
まず、冥界の支配者である閻魔王が人間界の僧にお願い事をするのがとても興味深いポイントです。「あの閻魔さえひれ伏した僧」というのはお寺的に説得力がありますね。
平安時代に『地蔵菩薩発心因縁十王経』が成立し、「閻魔王」と「地蔵菩薩」が同体であると説かれています。つまり、閻魔王は地蔵に変化(へんげ)するというわけです。となると、死後の運命を決めてくれる閻魔と同格である地蔵を信仰したくなります。中世あたりから地獄に落ちた亡者を救ってくれる地蔵への信仰が民衆の間に広まっていきます。
この矢田地蔵縁起絵巻の最後には、地蔵が「私はここで亡者を救済しているので、あなた(満慶)は人間界に戻り地蔵菩薩を作ってください。」と伝えます。それが今の矢田寺にある本尊です。
URL:奈良国立博物館収蔵品データベース
(※上URLは矢田寺蔵のものとは異なります。)
元興寺極楽坊縁起絵巻(元禄)
天平時代に智光と礼光という二人の法師が元興寺にいました。前者の智光法師は行基が朝廷に重用されることを嫉妬したため、頓死して地獄に堕ちたが、十日後に蘇生しました。
絵様はとてもポップに描かれています。閻魔王の前でひれ伏しているのが智光法師です。智光法師は地獄から蘇生したのちに、この体験を弟子に話し、行基に謝罪をしました。
ここで興味深いのが、この絵巻の”流れ”です。
本来、閻魔王と地獄の関係性は「閻魔王が次の転生先として地獄を選ぶ」ため描写としては閻魔王→地獄という描き方がされるはずです。しかし、この絵巻は地獄の様相(上)が先にありその後、閻魔から説教を食らっている(下)。そしてまた責苦を受けている、という「地獄」→「閻魔の裁き」→「地獄」のような流れになっています。
”説話”として描かれる縁起絵巻であるため、地獄で辛い思いをし、最後の最後に閻魔の説教で悪事を改心し、現世に戻る、という方が構造的にしっくり来るため、このような順番になっているのかなと、個人的に思います。
URL:元興寺HP
地獄絵のテーマの変化
このように縁起絵巻の中での地獄絵をみてみると、一度死ぬなり、地獄見学なりしたのち、現世に戻ってくることが多いのがわかります。また、聖衆来迎寺をはじめとする六道絵や地獄草子、十王図、熊野観心十界図など経典に基づいて描かれた「地獄絵」と違い、ストーリー中で地獄の様子が描かれています。(縁起絵巻だからそりゃそうなのだけれど!!)
「矢田地蔵縁起絵巻」では地蔵を信仰すると地獄から救済されることが描かれ、「元興寺極楽坊縁起絵巻」では人を妬むと地獄に落ちる、というように実生活に結びつけて地獄が描かれています。この中世あたりから「地獄から逃れること」「地獄からの救済」が主要テーマとなってくるのです。
このように一言に「地獄絵」といっても、時代を経るたびに解釈も変化して来るのです。
おわり。
2021.03.13
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