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IMJものがたり39 ライブドア事件


 堀江さん(ホリエモン)と初めて会ったのは、IMJの社長に就任してすぐの2000年末。
 エンタメ事業の執行役員だった三木裕明さんの紹介で、恵比寿ガーデンプレイスの最上階でランチを食べた。

 コンペで競合することの多いオン・ザ・エッヂの堀江さんは、20代で起業してマザーズに株式上場、サイバーエージェントの藤田さんと並んでネット業界で話題の人だった。

 お互いの情報交換程度の話だったが、自らプログラマーをしていた堀江さんにプログラミング言語の話をふられ、当時ど素人だった私は冷や汗をかいたことを覚えている(笑)。

 オン・ザ・エッヂがホスティングやシステム開発に強みを持っていることを肌で感じ、自分のバックボーンも考え合わせて、IMJはウェブマーケティングやクリエイティブ志向に進んでいく。

 と同時に、バックエンドに強い技術パートナーを見つけることと、システム系の取締役の補強が大命題だと再認識し、私はその採用やM&Aに多くの時間をさくようになる。

 その後、オン・ザ・エッヂはポータルサイト「ライブドア」を買収し、社名もライブドアに変更する。BtoC事業にシフトしていくライブドア社と、BtoBに軸足を置くIMJは競合することも減っていくことになる。

 ライブドアへの社名変更について、その方が合理的なのは理屈ではよくわかるが、創業者は時として自分が起業して付けた社名にこだわる傾向がある。このあたりの思い切りの良さに、堀江さんの古い日本の経営者にはない切れ味を感じていた。

 一方で、システム開発会社メディア・リンクスとライブドア、伊藤忠テクノサイエンス(CTC)が、架空取引による売上水増しで証券取引法違反事件を起こし逮捕者が出るなど、ガバナンスの緩さも漂い始める。

 その後、ライブドアは数々のM&Aを手掛け、倍々ゲームで成長していく。
近鉄バッファローズの球団買収に手を挙げたり、フジテレビの買収に乗り出したり、堀江さんが2005年の衆議院選挙に立候補するなど、マスコミの寵児となる。

 この時、飛ぶ鳥を落とす勢いのライブドアから「IMJを買収したい」という打診があった。我々は、明確に「インタラクティブ・エージェンシーNO.1になる」というビジョンに向かって突き進んでいたし、安定大株主としてCCCがいたので、敵対的買収の危機を感じることもなく、その提案をお断りした。

 が、万が一その買収提案を受け入れ、ライブドアの子会社になっていたら、その後の事件に巻き込まれて行ったのは間違いないだろう。
 
 ライブドアの近鉄バッファローズ買収話と時を同じくして、楽天が新球団設立によるプロ野球参入に動き出す。

 IMJは楽天グループのウェブサイト構築をお手伝いさせてもらっていたので、(『IMJものがたり8 三木谷さんのオファーとは』に詳細)
https://note.com/capnovel/n/n8b42684cd81e
新規参入決定すれば即、球団ホームページを立ち上げる準備をしていた。

 経済界からなんとなく胡散臭く見られていたライブドアが排除されそうな中、経団連の重鎮などとも気脈を通じていた楽天・三木谷さんの硬軟合わせ持った手腕で、楽天が古いプロ野球業界に風穴を開けることになる。

 楽天イーグルス社長には、ドラフト会議で田中将大(まあ君)投手を引き当てるなど「黄金の右手」と言われた島田享さんが就任。

 島田さんはリクルート出身で、彼が投資家時代に公私ともご一緒することが多かったので、私も必然的に楽天イーグルスに肩入れしていくことになる。

 この後、ソフトバンクがダイエーホークスを買収。
 私は水島新司さんの漫画「あぶさん」が好きで、元々南海ホークスに興味を持っていたので、福岡ドーム(現paypayドーム)時代にダイエーホークスとガッツリ仕事をして、すっかりファンになっていた。

 楽天イーグルスの誕生は、一野球ファンとして苦しくも、嬉しい悲鳴だった(笑)。

 さらに、携帯向けゲームプラットフォーム「モバゲー」で高成長を続けていたDeNAが横浜ベイスターズを買収。IMJグループも多くのケータイゲームをモバゲーに提供していたので、プロ野球界がグッと近い存在になる。

 プロ野球界のオーナーは、読売新聞や毎日新聞、産経新聞、中日新聞といった新聞社が多勢を占める時代から、阪神、阪急、南海、近鉄、西鉄、東急、西武と言った鉄道(&流通)系が多勢を占める時代に移り変わり、ロッテ、日本ハム、ヤクルトという食品系も加わり、その後長らく変化がなかった。

 ダイエーグループが新規参入した時も異端児扱いされていたのを近くで見てよく覚えている。

 しかし、今や12球団しかないプロ野球界のうち3球団のオーナーがネット企業になっているところに経済社会の流れを感じるとともに、ネット企業の参入によってプロ野球の改革がかなり前に進んだように私は思う。
 やはり新陳代謝は重要なのだ。

 さて、話を元に戻す。
 2005年ライブドアが、フジテレビの大株主だったニッポン放送の株を40.1%取得し、最大株主となり、世間では「放送と通信の融合」をテーマに大議論が巻き起こる。

 この頃、CCC増田社長と一緒にフジテレビの日枝会長(当時)と何度か食事をする機会があり、ホワイトナイトなど買収対抗策についても意見交換させてもらった。

 結果的に、ライブドアによるフジテレビの買収は失敗に終わる。


 それはそれで良かったと思うのだが、このピンチを機にテレビ業界を守るという考えではなく、積極的にテレビ業界がネットビジネスに取り組むためにIT企業の逆買収とか経営統合とかに着手していれば、日本発のネットフリックスのような企業が誕生していたのではないかと思うと少し残念である。

 余談だが、日枝会長と軽井沢でゴルフをご一緒した後、別荘でロマネ・コンティを飲ませてもらった。その光景は明確に覚えているのだが、緊張で味をよく覚えていないのが、これまた残念なところである(笑)。

 そして、ライブドア事件が起きる。
 ライブドア事件とは、ライブドアの2004年9月期年度の決算報告として提出された有価証券報告書に虚偽の内容を掲載したとする疑いが持たれるなど証券取引法等に違反したとされる2つの罪で、法人としてのライブドアとライブドアマーケティングおよび同社の当時の取締役らが起訴された事件である。

 この捜査の最中、さらに衝撃的な事件が起こる。
 ライブドアの企業買収戦略に関与していたとされるエイチ・エス証券の副社長 野口英昭氏が沖縄のホテルで自殺したことが報道される。


 警察は自殺と断定したが、様々な情報が飛び回り、状況からは自殺とは到底考えられないとIT業界内では持ちきりだった。


 私自身も、得体の知れない恐怖を感じた出来事だった。

 結局、裁判は、堀江貴文氏に懲役2年6か月、宮内亮治氏に懲役1年2か月、岡本文人氏に懲役1年6か月執行猶予3年、熊谷史人氏に懲役1年執行猶予3年、中村長也氏に懲役1年6か月執行猶予3年、公認会計士2人に懲役1年執行猶予4年、ライブドアに罰金2億8千万円、ライブドアマーケティングに罰金4,000万円と計7人と2法人に対して有罪が確定している。

 ネット業界の先行きに立ち込めた暗雲、光が強い分だけ闇の深さも大きい。

 IMJの成長痛から立ち直りかけた我々は、より一層気を引き締めて経営にあたろうと決意した。


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リクルート、福岡ドーム、メディアファクトリーを経て、映画プロデューサー、ベンチャー経営者、政治家、作家に。

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IMJの社長に就任したのが21年前、退任したのも11年前になるので、その記憶がまだあるうちに、その時考えていたことをまとめておこうと思う。 元メンバーにとっては懐かしい思い出話、現役組には社史の一コマ、ベンチャー企業家にとっては少しは経営のヒントになることがあるかもしれない。

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