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バレエのキャスト変更、代役について思うこと


はじめに

2024年の世界バレエフェスティバル・全幕プロ「ラ・バヤデール」は入手困難なプラチナチケットなのですが、ソロル役のキャストがキム・キミンからヴィクター・カイシェタに変更になったからか、チケットがリセールサイトによく出てくるようになりました。
私はキム・キミンもヴィクター・カイシェタもどちらも見たことありますが、2人とも高身長でとても美しいダンサーで、むしろ変なのをアサインせずに代役でトップレベルのカイシェタを連れて来てくれるなんて本当に有難いと思いました。

とはいえ、代役になると聞いてチケットを手放す人の気持ちも分かります。
今でこそ減りましたが10年以上前の日本のバレエ団公演では、海外ゲストが降板した際に日本人の下手くそダンサーが代役として出てくることも普通にあり、あまりの実力の無さにガッカリしたこともあります。一時期そんなことが恒常的に続いていたので、「代役=下手クソ」というイメージを植え付けて客離れを招いてしまったのは、日本バレエ界運営側の責任でしょう。

昨今バレエの代役事情について

バレエでキャスト変更と聞くとあまり良い第一印象を持たないのは私だけではないと思います。ましてや海外からのゲストが降板となると基本的にはガッカリします。
最初にも少し書きましたが、以前は日本のバレエ団公演で海外ゲストが降板した際は実力が明らかに劣る日本人ダンサーが代役を務めることも多かったです。例えば以前アレッサンドラ・フェリが降板した際に、ある日本人ダンサーが代役で出ましたが、相当酷かったみたいで見に行った人が怒っていたのを覚えています。

ですが最近の代役は明らかな格下ダンサーを配役するという、昔のような酷い変更は見かけなくなったと思います。少なくとも今回のキミン→カイシェタはどちらもプリンシパルで素晴らしい踊りを見せてくれる世界中で人気の大スターで、これはこれで非常に楽しみなキャスト変更です。

昔は「代役=下手クソが来る確率が高い」でしたので、キャスト変更になった瞬間にチケットをリセールに出すのが正解だったかもしれません。
しかし最近はキム・キミンの代役にヴィクター・カイシェタ、アマンディーヌ・アルビッソンの代役にセウン・パクが配役されるなど、本役の方と同じくらい格の高いダンサーが代役となることも多く「代役=格下」と言う図式は成り立たなくなってきています。

また海外のバレエダンサーだけでなく、日本のバレエ団の公演でも代役に見応えがあるダンサーが配役され、代役事情はかなり良くなって来た気がします。
例えば先日の新国立劇場バレエ団の公演では、ベルリン国立バレエ学校でカイシェタと同級生だった小川尚宏さんが代役登板で印象的な踊りを見せてくれました。別回では同じくベルリン出身の森本亮介さんが急遽代役登板で上品な美しい踊りを見せてくれ、2人とも存在感抜群で代役とは思えませんでしたし、むしろこのままもっと踊って欲しいと思ったくらいです。

そう考えると海外のバレエダンサーだけでなく、日本人バレエダンサーの代役登板についても「代役=ガッカリ」と言う図式は最近では減り、舞台を見ているとむしろ本役のダンサーより実力があるようなダンサーの代役登板も増えて来ていると思います。

印象的だった代役ダンサー達について

代役登板というと色々な事情がありガッカリすることも正直多いですが、むしろとても印象的で今でも覚えている舞台も沢山あります。

最初に思い出した印象的な代役は、以前マリインスキー・バレエ団の2016年来日公演「愛の伝説」で急遽登板したアンドレイ・エルマコフです。
その時はウラジーミル・シクリャーロフが舞台上で足を怪我してケンケンしながら退場したのですが最終幕のラスト付近だったということもあり、このまま主役無しで幕が進むかと思いました。ですがダブルキャストのエルマコフが最後の最後でまさかの登場!ちなみにノーメイクで、「Ура!」みたいなロシア語の掛け声も聞こえたので、本当に急遽登板だったのだと思います。
主演のヴィクトリア・テリョーシキナが「あんなに迅速に出て来た代役は初めて」と後日インタビューで語っていましたが、あと数分で舞台終わるのに衣装を着て出て来てくれて物語を最後まで見せてくれたのは今でも覚えています。

もう一つ印象的だったのは、パリ・オペラ座バレエ団2024年来日公演「白鳥の湖」で妊娠で降板したアマンディーヌ・アルビッソンの代役で主演を務められたセウン・パクさんのオデットです。
私自身はアマンディーヌが大好きということもあり、最初は泣きたい気持ちでしたが「どう考えてもオペラ座が変なの出してくるわけ無いでしょ。絶対上手いよその人!」という知り合いの言葉を聞いて期待が高まりました。実際の舞台はそれはそれは素晴らしく、あれだけ美しい踊りと表現を見せてくれたパクさんは忘れられず、人生で見た中でもトップ3に入る印象的な白鳥の湖となりました。アジア出身のこれだけ素晴らしいダンサーを知れたことが本当に嬉しかったですし、またパクさんの舞台を見たいと強く思いました。

またこれは代役だったと先ほど知って驚いたのですが、2024年ブライトステップ公演に出演されたヴィクター・カイシェタはENBのシェール・ワグマンの代役として出演されたらしいのですが、とても良かったです。
ブライト・ステップではベルリンを経て現在チェコ国立バレエ団で踊る奥村彩さんのパートナーとして出演していましたが、カイシェタの良さをアピールできるような演目でなかったにも関わらず、とても美しくて素晴らしかったです。ガラ公演の代役というと若干パートナーとのギクシャクさを感じることもあるのですが、カイシェタは堂々としていて朗らかで、あれだけ素敵な踊りを見れたことに感謝です。

日本のバレエ団の公演では先ほども少し書きましたが、新国立劇場バレエ団の小川尚宏さん、森本亮介さん、佐野和輝さんがとても印象的でした。
小川尚宏さんは「アラジン」公演で、ヘビを模したエメラルドという役柄で代役登板されたのですが、遠くから見ても視線が吸い寄せられる不思議な存在感があり、こんなダンサーがいたのかと驚きました。滑らかな動きが多い振り付けだったのですが、踊りを見ていて退屈することがなく、要所要所がカチッと決まっていて目を惹きました。正直若干の緊張は感じましたが、彼の踊りからは物凄い量の基礎訓練を積んだダンサーだと感じましたし、将来性を感じました。

佐野和輝さんについても「アラジン」のオニキス役で代役登板されたのですが、私は元々配役されていたダンサーを見たくてS席を買っていたので最初は「ガーン😭」という感じでした。しかしいつも全力な佐野さんなら絶対いい踊りを見せてくれるに違いないと思ってチケットを売らずにそのまま見に行きましたが、生来の動きの美しさに加え、踊りに上品さが加わっており、S席で見れてとても良かったと思いました。これからも佐野さんの踊りをもっと見たいです。

最後に「ホフマン物語」で友人役で代役として出演された森本亮介さんは、急遽登板ということもあってか緊張感を感じましたが、1人だけ異空間にいるような格調高さがありました。まるでヤンキーの小学校に1人だけ私立の物凄くいい家柄のおぼっちゃまが入り込んでしまったかのような、品の良さとエレガンスがあり、これだけの格調高さを表現出来る森本さんが代役とは思えませんでした。通常日本人ダンサーは顔の表情だけで演技をしようとする方が多いですが、森本さんは表情というよりも手や体をうまく使いながら「おや、どうしたんだろう?」というホフマンを心配する様子を表していたのが印象的でした。顔芸中心の演技に慣れた私には体全体を使って優雅に繰り広げられたマイムが記憶に残っています。

エレガントと言えば代役ではありませんが、先日「アラジン」で衛兵の1人として出演されていた上中佑樹さんも顔芸というよりは体全体を美しく使った優雅な表現が印象的だったと思います。また「ラ・バヤデール」における清水裕三郎さんも表情をアピールするというよりは手足や首の角度、体の動きの力強さで物語を紡いでいました。
日本はアニメ大国ということもあり、漫画のような分かりやすい表現をする日本人ダンサーは多いですが、ヨーロッパで活躍していた森本亮介さん、上中佑樹さん、清水裕三郎さんなどは周りと比較すると表現が格調高く、貴族のような佇まいです。日本のバレエ団では漫画っぽい顔芸中心の分かりやすい演技が求められるのかも知れませんが、バレエの本場ヨーロッパでは格調高さが必要とされるのかも知れないと彼らを見て思いました。良い意味で日本に染まらないで欲しいと願っています。

最近トップダンサー達が代役になることについて思うこと

最近の代役事情は非常に豪華です。しかしふと思ったのですが、それなりの大物が代役にポンと来るって、バレエ界って仕事が少ないのかなと思いました。人気ダンサーが代役になる事を冷静に考えてみたのですが、仕事がいっぱいだったら本役だけに集中すると思うんですよね…。
バレエ団のツアーや公演は別としても、ガラ公演などには毎回豪華な代役が配役されているように思います。毎夏大スター達が日本に来るのもやっぱりバレエ界の仕事が減ってるからじゃ無いかなとふと思いました。

特に某バレエガラなんて毎回のように30年前が全盛期だったようなダンサーばかり呼んでいますが、これだけ大挙して日本に来るのはやはり仕事が無いからじゃないかと思います。個人的には盛りを過ぎた古いラインナップにお金を出すくらいなら、海外の最前線で活躍してる日本人ダンサーを呼んで、彼らに仕事を振ってあげて欲しいとも思います。

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