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バレエ感想「マシュー・ボーンのロミオ+ジュリエット」ニューアドベンチャーズ東京公演


今回マシュー・ボーン作品を生で初めて見たのですが、初日に感激してあまりに感動したため、本日4/19時点で既に5回(4/11,14,17,18,19)見に行きました。あまりに斬新で、通常のバレエとは全然違うエネルギーの大きさに衝撃を受け、この作品やダンサー達の虜になりました。
私はどんな舞台を見ても大体頭の中で仕事のことなど違うことを考える悪い癖があるのですが、マシュー作品は革新性と吸引力が強く、余計なことを考える余地を持たせないため、舞台に没頭させてくれます。

なぜマシュー・ボーンは「ロミオ+ジュリエット」を主題にしたのか、考察してみた

「ロミオ+ジュリエット」を見て、私が特に惹かれたのはマシュー・ボーンの音楽の表現の仕方、そしてダンサー達の演技力です。

何度もこの舞台を見ながら、なぜあえて「ロミオ+ジュリエット」がテーマにされたのかずっと考えていました。そして私なりの結論ですが、マシュー・ボーンはシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を表現したかったのではなく、プロコフィエフの音楽を表現したかったのではないか?と感じました。
色々な座席からダンサー達を見ると、彼らの動きは明らかにプロコフィエフの音楽を表現しているように見えるのです。動きや表現の全てが音にハマっていて、マシューの振付は音楽へのリスペクトを感じました。

舞台設定がシェイクスピアの原作から大幅に変わっているので、「ウェストサイドストーリーでもいいのでは?」という意見も結構目にしましたが、あえて「ロミオとジュリエット」になったのは、シェイクスピアの原作を表現しようとしたというよりも、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」の音楽を表現しようとしたからこそではないかと考えました。
タイトルも"Matthew Bourne's ROMEO+JULIET Music by PROKOFIEV"とあり、"Based on SHAKESPEARE's play"ではなく、プロコフィエフの名前が記載されていることからも、少なくともマシュー・ボーンが音楽に重きを置いていることは間違いないと思います。

シェイクスピアの国イギリス出身でナイトの称号も持つマシュー・ボーンです。ネイティブの彼は誰よりも原作を理解できる立場でありながら、原作ではなく、「ロミオとジュリエット」の音楽を重要視しながら作品を作ったように見えたのは面白い発見です。
いや、原作を深く理解しているからこそ、ここまでの設定変更ができるのかもしれません。決して原作を軽視しているわけではなく、音楽へも原作へも、どちらに対しても深いリスペクトと解釈があったからこそこの「ロミオ+ジュリエット」は生まれたのだと感じました。

ダンサー達の演技力が高く、演じ分けがとても面白かった

音楽の表現に加え、今回感動したのはダンサー達による演技力の高さです。

今回はロミオとジュリエットということで若手中心のキャスティングですが、これが等身大のリアルな表現に繋がっていて本当に良いと思いました。特にハンナ・クレマーさんとロリー・マクラウドさんの回は、恋心が高ぶる2人の気持ちがよく伝わってきて、パリオペラ座のマノン以来久々に泣いてしまいました。
他のダンサー達も恋に落ちる様子だけでなく、人を嘲笑う様子、精神的に錯乱していく様子、生きるために必死で抵抗する様子など、全ての感情表現が本当にリアルで演技が上手な方がとにかく多いと感じました。マシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」は俳優やバレエダンサーなど、演技を仕事としている人には絶対見て欲しいと思います。

今回は少ない人数でのツアーということもあり、初日は主演を演じているダンサーが次の日には別の登場人物を演じていたり、同じ回で何役も演じる人がいるなど、ダンサー達による演じ分けも非常に楽しかったです。

特にロリー・マクラウドはロミオとマキューシオを演じている時では別人のようで、その振れ幅の大きさがとても印象的でした。ロミオを演じている時は恋の喜びに打ち震え、全てをジュリエットに向けていく様子を感じましたし、マキューシオを演じる時はチャラくて軽くて、でも周り思いの頼りになる兄貴分という感じでした。
ちなみにマキューシオ役は、1幕で死んだ後、2幕では精神科医として出てきますが、この演じ分けはマキューシオを3キャスト見た中でもハリー・オンドラック‐ライトが秀逸でした。マキューシオを演じる時はカラッと明るく、でも恋人とまぐわう所はどこまでもエロティックで自信満々でしたが、精神科医役を演じている時は背中が曲がって気の弱そうな、ナードっぽいヒョロっとした感じで別人かと思いました。

女性では、初日のジュリエットを演じたモニーク・ジョナスは、ジュリエットを演じている時は強くて使命感がある崇高な様子で、上流階級の育ちのように凛として見えましたが、ジュリエットのルームメイトのマグダレンを演じた時は恋バナにキャッキャする可愛いティーンエイジャーという感じで、矯正施設のエスカラス所長を演じる時は面倒ごとに巻き込まれたくなさそうなお役所的な雰囲気を出しており、非常に見ていて面白かったです。
ジュリエットを演じたハンナ・クレマーは感情表現がとても力強く、ジュリエットを演じた時は等身大の恋する少女で、ジュリエットのルームメイトのラヴィニア役を演じた時は信仰熱心で抑圧された環境で厳格に育てられたんだろうなという背景を感じさせてくれました。
1回の舞台でローレンス牧師/モンタギュー上院議員夫人/看護師の3役を演じたターシャ・チュウはローレンス牧師を演じる時は人懐っこく、モンタギュー上院議員夫人を演じる時は徹底的に息子と関わりたくない様子が伝わってきて、見ていて面白かったです。

「ロミオ+ジュリエット」のダンスはコンテンポラリーなのでいわゆる普通のクラシックバレエとはかなり違います。ただしオーストラリアバレエスクールなどクラシックバレエ出身者もいるため、モダンバレエでありながらクラシックのような動きも多いです。ロイヤルなどクラシックのバレエ団だとダンサー達の出身校はどこも似たようなところですが、ニューアドヴェンチャーズ(通称NA、マシュー・ボーンが率いるバレエ団の名前)は色々なところ出身のダンサーがおり、バックグラウンドがバラエティ豊かです。
マシュー・ボーンの創造力や独創性も素晴らしいですが、NAがこれだけの作品を出せて人気をキープ出来ている理由は、様々なバックグラウンドを持つダンサーが多数在籍することにより、常に革新的な表現を観客に見せているからかもしれません。

休憩時間の使い方、照明、メイクや衣装にも細かい工夫あり!

マシュー・ボーン「ロミオ+ジュリエット」は休憩時間を含めても全体で2時間弱と非常にコンパクトです。
マキューシオとティボルトが死ぬまでが1幕、20分の休憩を挟んで2幕が始まるのですが、なんと驚くべきことに休憩10分ほどが経過したら幕が上がり、2人の死によって登場人物達が精神的におかしくなってしまった様子がゆっくり表現されます。普通の人生を送っている観客席の私たちとは対照的に、舞台にいる登場人物は茫然自失としており、メンタルが壊れてしまっている様子が伝わってきます。

また、セットは最初から最後まで変わらないのですが、ロミオとジュリエットが恋に落ちるシーンではミラーボールが使われて客席まで反射があるため私たちもそこにいるかのような気分にさせてくれたり、勾留されたロミオが苦しんでいるシーンではあえてロミオの影が強調されるようなライティングにして、その苦しみの大きさが視覚的に伝わるよう工夫されていると感じました。

メイクも殴られたマキューシオは次のシーンで赤いアザを作って出てきたり、2幕に全員がマキューシオの死を悲しんでいるシーンではクマのように涙袋に赤いアイシャドーを塗って泣き腫らした様子を表していたり、色々なところに細かい工夫がされていると思いました。

衣装も最初の制服は一緒ですが、ルームウェアなどは全員オールホワイトでも細かく違います。例えば男子は、タンクトップ+ハーフパンツ、タンクトップ+ロングパンツ、Tシャツ+ハーフパンツ、ネグリジェ(ハーフジップ)、ロングシャツ、など1人づつ違い、女子もキャミソール+長ズボン、半袖+短パンなど同じように見えても細かい部分で変えられていて役の個性を出していると感じました。

ここに写ってる4人の白い衣装が全員違うのがわかりますか?

バレエの世界はおとぎ話の世界ですが、マシュー・ボーン「ロミオ+ジュリエット」はどこまでもリアルであり、そこにいる登場人物は私たちの身の回りに普通にいそうな等身大の若者達です。 このリアルさを舞台芸術として成り立たせるその手腕に心から賛辞を送りたいです。
これだけ革新的な舞台を日本で見る機会は滅多にないと思うので、マシュー・ボーン「ロミオ+ジュリエット」をぜひたくさんの方に見にいって欲しいです。

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