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バレエ感想「シンデレラの家」K-BALLET Opto


Kバレエ・オプト「シンデレラの家」は酒井はなさんが出演されると聞き、発売初日にチケットを買って、ずっと楽しみにしていた公演です。

「シンデレラの家」の良かった点

先に言うとこのプロダクションはキャスティングが最高でした。
「シンデレラの家」はヤングケアラーをテーマとして創作されたバレエで、主役のシンデレラは家族の世話に明け暮れる現代の若い女性という設定です。シンデレラは若々しい小林美奈さん、義妹役に岩井優花さん、そして伯母役に元Kバレエプリンシパルの白石あゆ美さんなど新旧Kバレエのスターによって演じられました。

酒井はなさんは「こころを患い怒りを制御できない母」の役で出演されていたのですが、この配役が特に凄いと思いました。
日本のバレエ団は内部の力が強く、基本的に外から人を入れることはないように思います。今回は特に森優貴さんがK-BALLET Optoの芸術監修に就任した記念すべき初回公演ということもあり、キャスティングにはかなりこだわったはずです。通常の日本バレエ界の慣例であれば内部で役のイメージに近いダンサーを選出し、配役すると思います。
しかし母親役という進行上大事なポジションにゲストダンサーを、しかもKバレエ出身ではない酒井はなさんを抜擢するという時点で、芸術監修の森さんのこの作品にかける真剣さと熱い思いを感じました。森さんは内部の慣例や忖度ではなく、本当にいい作品を作りたいと思って真剣に役に合うダンサーを選ぶ方だと思いました。

また音楽についてもプロコフィエフの「シンデレラ」を使いながらも、使い古した扇風機やテレビなどを改造した楽器によるエレクトロニコス・ファンタスティコス!の生演奏と共に進みました。演奏は空襲警報っぽい音が多く、空襲警報とプロコフィエフの組み合わせはマシュー・ボーンのシンデレラかよ!とは思いましたが、斬新で面白かったです。

「シンデレラの家」の気になった点

一つだけ気になった点があり、それは「ヤングケアラー」というテーマが全体から感じられなかったことです。
もちろんシンデレラは幼く、認知症の祖父や精神病の母と一緒に暮らしており、家族の世話を一手に引き受けているので設定としてはよく分かりました。しかしヤングケアラーという問題をこの作品がどう表現したかったのかはよく分かりませんでした。
今回「シンデレラの家」を見て私が感じたことは、心の病、要するにメンタルヘルスの問題です。もしかしたら振付のジュゼッペ・スポッタは「ヤングケアラー」はメンタルヘルス問題から派生すると考え、メンタル面の描写をかなり多くしたのかもしれないです。

以前マシュー・ボーンのインタビューにもありましたが、現代社会には「ヤングケアラー」や「メンタルヘルス」だけでなく、様々な問題が存在します。振付のジュゼッペは80分の中で色々なテーマを取り込み、現代社会に警鐘を鳴らそうとしたのかもしれないと思いました。

印象に残ったダンサーについて

舞台の感想ですが、結論から言うと森優貴さんと酒井はなさん、特に表現者としての見せ場が多かった酒井はなさんが圧巻で鳥肌が立ちました。
森優貴さんは芸術監修を務めるだけでなく、ご自身も認知症の祖父役で出演されていましたが、正直認知症というよりは、戦後のPTSDで精神病院に入院してしまった患者のような、完全に精神を病んでしまった祖父のような印象を受けました。酒井はなさんも「こころを患い怒りを制御できない母」という設定で、怒りだけでなく全ての感情を制御出来ない様子を感じました。
設定上シンデレラの唯一の味方は森さんが演じる祖父だけなのですが、シンデレラと祖父を見下ろすはなさんの冷たい視線に「こんなはなさん見たことない!誰だこれは!?」と背筋が凍りました。動きが激しいだけでなく、始終相手を抑圧するような鋭い眼差しだったことが印象的でした。

酒井はなさん演じる母親は終盤でついに精神を病み入院させられるのですが、この時の母親の精神がぶっ壊れていく様子も圧巻で、先日見たマシュー・ボーンの「ロミオ+ジュリエット」でティボルトの幻覚に襲われて取り乱すジュリエットを思い出しました。
それまでは上述したように、相手を支配するような、抑圧するような、圧倒的な権力を持った支配者という感じでした。しかし精神が壊れてからは何か見えない物が見えているような、少女のように何かに縋って救いを求めているような哀れな感じで、たった80分で1人の女性のこれだけの変化を見せてくれる酒井はなさんの表現力に驚愕しました。

酒井はなさんはなぜこれだけ色々な表現が可能なのか、考察

今回酒井はなさんを見て、彼女が精神を壊していく様は衝撃的でした。それまでは強そうな母親を演じていたのに、全てをさらけ出して、怯えているようで、あまりの表現力の高さに脱帽しました。

ちなみに酒井はなさんのトークショーに参加したことがあるので断言しますが、はなさん自身はとても温和でにこやかな方で、今回演じていたようなメンタルがおかしい様子は一切無いです!
以前森山開次さんの「星の王子様」でバラ役を演じられていたときも、ワガママで自分勝手な様子を表現しており、本来の彼女とはかけ離れた性格をどうやったら表現できるのか、驚きました。

前述の精神を壊した母親役も、ワガママなバラ役も、どちらも本来のはなさんとは全く違う役なのに、どうして彼女はここまで深い表現ができるのか考えてみました。

あくまでも私の仮定ですが、酒井はなさんの周りには彼女を理解し、受け入れてくれる人が沢山いるからではないかと思いました。
ご主人の島地保武さんだけで無く、はなさんの周りには常に人が沢山集まっている印象で、沢山の人に愛されているバレリーナだと思います。そして彼女自身もその優しさを周りに惜しみなく注ぐ素晴らしいバレリーナです。
はなさんは周りに愛され必要とされていて、心が満たされているからこそ、自分の知らない自分を曝け出すような、未知の世界の表現にも安心してチャレンジ出来るのでは無いかと思いました。

酒井はなさんは既に50近いと思いますが動きはとても美しく、年齢を積み重ねたからこその重厚さと迫力も凄まじかったです。
振付家の指示に従うだけで無く、常に未知の領域に挑戦し続けている彼女は、間違いなく今後も仕事が途切れないだろうと思います。 彼女より知名度の高いダンサーは沢山いますが、今後年齢を重ねても仕事の依頼が沢山くるのは断トツで酒井さんだと思わずにはいられませんでした。


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