見出し画像

しきから聞いた話 41 青鷺

「青鷺」

 アオサギというのは不思議な鳥だ。

 もちろんそれほど多くのアオサギを知っているわけではないから、偏見と言われたら否定はしない。ただ、アオサギ自身から偏見だの失礼だのという意見は、出てこないと思う。何を言われようとお構いなしで、何を考えているかよくわからない。阿呆ではないが、突拍子もないことをする。話は大概、通じない。

 以前、知り合いの寺の池を、自分の餌場と決めつけたアオサギがいて、住職に相談をもちかけられたことがある。寺であるからには、手荒く追い払ったり、ましてや駆除に当たるような方策を採るわけにはいかない。しかし、目の前で行われる金魚や鯉の殺生を、無制限に見過ごすわけにもいかない。住職とて感情のある生き物だから、口惜しさも腹立たしさも当然ある。しかしアオサギも食べていくのには必死だろう。まるで食うなというのではないから、自重してくれというところで、アオサギにそれを話した。

 アオサギは素直な様子でうんとうなずき、わかったと応えた。

 しかし、翌日も来て金魚をたんと食べた。そのまた翌日もきて、鯉をひと呑みにして帰った。
 住職から呼ばれて再び話をすると、

「腹一杯までは食っていない。それに、もっと大きくなってからのほうが美味そうなのにも、口をつけていない」

 と答えた。これは話しても無駄だと思ったので、住職には池に金網でも張って、獲られないようにしたがいいと話して決着した。

 またこれは別のアオサギの話だが、境内に小川が流れている観光寺で、夏の間の催しとして、観光客に放生をさせようということになった。茶碗に一、二匹のメダカやドジョウを入れておいて、五十円だかを払うと、それを小川に放せるというわけだ。ところがこれを始めて数日で、アオサギが自身の供養に日参するようになった。

 なんと、境内の小川の端の方、しかし観光客からよく見えるあたりで仁王立ちになって、流れて来るメダカやドジョウを待っている。ひと月もしないうちに、放生ではなくアオサギの餌付けのようになってしまい、アオサギがいないと寺に文句を言う観光客までが出る始末となった。この時も呼ばれて様子を見に行ったが、アオサギとは何の交渉も有効には成立しなかった。

 まだいくつかは苦い想いをしたが、とにかくアオサギというのは不思議な鳥だ。なるべく関わらないようにしていたのだがある夏、知り合いが管理している里山の外れの水車小屋に、ちょっと変わった男がひと月ほど寝起きすることになった。
 知り合いの親戚だとかで、あちらこちらの山小屋や民宿を渡り歩いているのだという。悪い人物ではないが、人嫌いだということで、水車小屋を間借りしている間も、近所の人とはほとんど行き来をしなかった。
 ところが。一羽のアオサギがこの男に妙になついて、毎日この小屋に来るようになったという。

 アオサギの目当ては男が釣る川魚で、男も気前よく振舞っていたものとみえる。水車小屋の前にアオサギがしょっちゅう立ってじっとしているのは、なんだか不思議な光景だったと、後になって知り合いが話した。しかし男はもともと、ここに長逗留のつもりではなかった。もちろんアオサギに対しても、格別の思い入れなどは無かっただろう。ひと月して男がいなくなって、残されたアオサギが哀れだった。

 来る日も来る日も、水車小屋の前に立っていた。いったい魚を待っているのか、男を待っているのか、とにかく小屋の前から動こうとしない。あんまり気の毒になって、知り合いがこちらに連絡を寄越してきた。

 相手がアオサギだけに、役に立てるかはわからないと前置きをして、とにかく行くだけは行ってみた。

 アオサギは、何を考えているのかわからない四白眼で、水車小屋の入り口をじっと見ていた。話しかけるとちらりとこちらを見るものの、何も答えようとはしない。
 寂しいのか、悲しいのか、それとも怒っているのか。
 知り合いが、持って来た魚を、そっとアオサギの足元に置いた。これまでも何度か小魚をやっていたが、今日は特別に大きな、丸々とした鮒だ。
 すると。

 一瞬の出来事だった。それまでじっとしていたアオサギが、電光石火の勢いで鮒を咥えると、一気に呑み込んだ。そして。

 ばさっ、ばさばさっ
 翼を突然大きく広げ、羽ばたき、飛んで行ってしまった。

「なんだ、あいつ」

 知り合いは少し呆れ顔になったが、とにかく食べてくれたこと、飛んでくれたことに安堵した様子だった。なので、アオサギが去り際につぶやいた言葉は、伝えずにおいた。

「なにこれ、まずっ もう来ないっ」

 アオサギは、二度と水車小屋の前には来なかったそうだ。
 最後は無礼な奴だったが、なぜ男が去った後に何日も立っていたのか。やはり何かしら悲しいとか、寂しいとか、あるいは男を慕う心、行方を気に掛ける気持ちが、まるで無かったとは言えまい。
 いや、そう思いたいのは、こちらの勝手なのだが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?