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フィールドマネジメントの「Connecting The Dots」 〜SAJ2023レビュー〜

はじめに

自分がコンテンツ企画のリードを務めていたSAJ2023の3本目のレビュー記事です。

5/20に開催したSAJ2023では全25セッションが行われました。6月30日までの期間限定でアーカイブも配信されています(詳細は下記の公式HPをご参照ください)。

ここまで2回のレビューでは、SAJ2023のトークセッションでは競技系のマネジメント(フィールドマネジメント)とそれ以外を扱う話題がおよそ半分ずつあったこと、例年より女性や学生の登壇者が増えていたことをまとめました。

今回は「フィールドマネジメント」の観点から、SAJ2023ではどのような話題が話されたのかを整理します。

SAJの企画や運営に関わっているスポーツアナリストの大部分はフィールドマネジメント領域を担うアナリストであるため、必然的にSAJで取り扱う話題の中心になります。

全体的にどのようなトークセッションが行われたかについては、下記のレビューをご参照ください。

・1本目のレビュー

・2本目のレビュー

フィールドマネジメントでの問題整理

まずはフィールドマネジメントでどのような問題があるのか見てみましょう。

下の図のように「競技力向上か否か」を縦軸に「選手、スタッフなど個人やチームの個別(ミクロ)の問題か、お金、組織、体制など仕組み(マクロ)の問題か」を横軸に分けてスポーツでの問題を記述した場合、主に赤枠で囲った競技力に関する問題全般がフィールドマネジメントの対象となります。

赤枠で囲った箇所がフィールドマネジメントでの主な問題領域。基本的には競技力向上とそれに付随するリソースマネジメントの問題と捉えられる。

では、SAJ2023のフィールドマネジメントに関するトークセッションはどのような内容だったのでしょうか。

1つのトークセッションの中でも様々な話題が話されているので、一概に分類することは難しいですが、オープニングとクロージングを除いた全23セッションのうち、大まかにフィールドマネジメントの問題を主な話題にしていた12のトークセッションを分けると、下記のようになると思います。

SAJ2023のフィールドマネジメントのトークセッションを「マクロ要素強め」か「ミクロ要素強め」かで分けたもの

マクロ視点を軸にしたセッション

今回、マクロ視点の代表例は選手評価の研究とリクルーティングへの応用でしょう。

マネーボールの例を出されていたところからも分かる通り、チーム編成のための選手のスカウティングの話がメインであり、競技力強化の編成やスカウティングに関するアナリティクスのサービスを提案されています。

個人的にはサービス名の「DePosta」がポール・デポデスタから来ているという話で嬉しくなりました。

2016年のMIT SSACでビリー・ビーンの代役で急遽デポデスタが呼ばれていて、そのときに一度話している姿を見まして、うまく表現できないですがとても現場とフロントをうまく横断するバランスの良い発言が見られており、ああこういう人がスポーツ組織でデータを用いて意思決定する中枢にいられる人なんだ、という印象を強く持った記憶があります。

試合中のパフォーマンス向上に関わっている現場のアナリストが多いため、編成側の話題が主であるマネーボールや、その理論的背景となったセイバーメトリクスど真ん中の話をいままでSAJでは多く扱っていなかったのですが、スポーツアナリティクスの場としてはこの話題は真正面から行くべきだなと今回改めて思いました。

次に、野球に関する3セッションをご紹介します。

WBC優勝の背景にある情報活用と意思決定」、「NF(中央競技団体)が取り組む野球選手のデータ取得とその活用」「常勝軍団を目指す横浜DeNAベイスターズのデータ活用の現状と展望」は幅広い話題を話す3セッションでしたが、それぞれ「代表監督、中央競技団体、プロ野球チーム」と、異なる立場でのマクロな視点を軸に、現場での実際の分析までをカバーするお話になりました。

有料サイトもありますが、それぞれレビューの記事が出ていますので、詳細はそちらもご確認ください。日本の野球界でもマクロな視点から新しい動きが生まれていることを様々な競技の方に見ていただきたいです。

個人的には、勝つための意思決定をサポートする機能としてアナリティクスを考えると、より中長期的な影響力が大きいのはマクロの領域だと考えています。

アナリストがいま目の前で起きている選手やチームのパフォーマンス課題に対処することだけでなく、中長期的な仕組みの構築にも興味を持ってもらいたいという意向もあり、今回の野球セッションではマクロとミクロをつなぎパフォーマンス向上を行っている日本の最先端の方々にご登壇いただきました。

アナリストのHow toやキャリアの話

一方、テクノロジーで進化する、アナリストの役割とワークフローとは」、「『分析がもたらす価値』 スポーツアナリティクスを活用する3つの事例は、アナリストの現場でどのような仕事が行われているかを知ることのできるセッションで「分析のワークフロー」と「映像活用」の事例として、現場での仕事の仕方やツールの使い方を学べるかなり実践的な内容でした。

分析のワークフローは自分も普段ここまで詳細な話に接する機会が無いですし、映像活用は戦術分析だけでなくストレングスの現場や教育現場での活用が広がってきていると改めて感じました。

普段、マクロな視点を中心にしている人が現場のリアルを知るという意味でも有意義だったと思います。

それぞれどのようなサービスを展開しているかは、下記をご覧ください。

ラグビーリーグワンにおけるプロアナリストの活動事例について」、「世界と戦う日本代表チームにおけるデータ活用の実例も各競技トップレベルの場で活躍しているアナリストの現場の事例を戦術だけでなく、一部コンディションの話も含めてお話いただいています。

MIT SSACでも「Competitive Advantage」と呼ばれる競争優位性を作るためのプレゼンテーションのトラックがあるのですが、上記の4セッション/プレゼンはその文脈に近かったと感じています。いままでのSAJではあまりやりきれていなかった部分だったので、現役のアナリストにとってとても刺激があったと思います。

またアナリストのミドルキャリアを考えるというセッションではアナリストとしてキャリアを積まれている木村和希さんと平野加奈子さんが、石井宏司さんのモデレートのもとでいままでのキャリアと今後についてざっくばらんに語る場となっており、興味深いキャリアインタビューの場だったと感じます。

「アナリストのミドルキャリアを考える」の一幕(©︎JSAA/Wataru Ninomiya)

「キャリアエントリー → アーリーキャリア → ミドルキャリア → プロキャリア → シニアキャリア」とキャリアのステージを分けた上で、ミドルキャリアに焦点を当てて議論を深める場は、少なくともスポーツアナリストを対象にした場では今まで見たことがなく、昨年から独立してプロキャリアのステージに入った自分にとってもとても学びとなる内容でした。

「アナリストのミドルキャリアを考える」で登壇した平野さんはバドミントンのナショナルチームでパフォーマンス分析を担当している。写真は筆者が2021年にパリでバドミントンの国際大会を観に行ったときのもの。

このキャリアの話はアナリストが早く知っておいた方がいい内容だったと感じまして、今後例えば、スポーツアナリストだと自覚している社会人1年目に対してキャリアのイメージを作る場を競技横断で作るという取り組みなどは重要だろうと思いました。

現場の知見を仕組みづくりに活かすセッション

森保一さんに現地でお話いただいた「Connecting The Dots: 「新しい景色」への挑戦」に加え、室伏由佳さんにオンライン事前収録で登壇頂いた「女性アスリートのコンディショニング管理とフェムテック」、さらにはSports Tech Tokyoが監修した「脳神経科学アプローチの『動かないトレーニング』」は、ミクロなフィールドマネジメントの話題を中心にしつつも、いま現場で起こっている問題、まだ可視化されていない問題をどのように仕組み化するかを問うセッションになっていたと思います。

森保さんのセッションは、ユーフォリアの代表取締役である宮田誠さんと、サンフレッチェ広島がJリーグ2連覇したときに森保さんの元でアナリストをしていた久永さん(岡山理科大准教授)が、主にW杯や代表での戦術周りのアナリティクス、データ活用の実際を聞く形で進められました。

詳細はぜひセッション全体を聞いていただきたいと思いますが、この記事にもある通り、欧州と日本での文化的背景やアナリティクスの違いによる選手への接し方の違いはとても興味深かったです。

森保さんや選手、スタッフが現場で工夫して発見している情報を、日本サッカーがどう「最高の景色」を見るための仕組みとして知識化し、今後活かしていくのか注目です。

SAJ2023HPより「女性アスリートのコンディショニング管理とフェムテック」の概要

女性アスリートのコンディション管理とフェムテックのセッションでは、生理機能の違いによって男性とは大きく異なる女性アスリートのコンディショニング管理に対して、現場の知識レベルの実態や具体的な調査の取り組み、フェムテックの製品について議論がなされました。

今回、自分がコンテンツ全体のリードをしましたが、企画書を直接書いたセッションも6つありまして、そのうちのひとつがこのセッションでした。

女性のコンディションの話にとどまらず、一般的な男性基準で作られた「普通」をベースにすると不都合があり、困る人が実は多いと認識することが大切だという示唆があり、普段女性のコンディションに関して接しない人にも聞いてほしい内容でした。

また、脳神経科学アプローチのセッションでは、副題に「アスリート/チームの持続的成長を促す“スポーツ版人的資本マネジメント”への転換」とある通り、主体的に成長をし続けるアスリート、チームをどう育てていくかを、環境だけではなく個人の脳の扁桃体の反応をうまく沈めてポジティブな条件反射回路を作るソリューションから試みていました。

女子クラブチームの選手と行った実証研究の事例をもとに、主体的なマインドセットを持つアスリート、チームへどのようにシフトできるのかを議論しています。

スポーツチーム関係者やアナリストの方からも、脳科学を扱うこのセッションへの興味や心の問題をの取り扱いについて興味を持つ人が多かったですし、フロンティアな領域を実証的に扱った内容だったと思います。

フィールドマネジメントのアナリティクスは領域横断的

以上、SAJ2023でのフィールドマネジメントの問題を扱ったトークセッションについて紹介しました。

今回のテーマは「Connecting The Dots」ですが、フィールドマネジメントのアナリティクスは領域横断的であり、様々な専門家がいると認識いただける構成だったかと思います。

下記は試合でのパフォーマンス課題を達成するためのアナリティクス機能の構造を書いたものですが、汎用的なゲーム構造の理解の話からコンディショニング、医療の領域まで、幅広い話題が議論されていました。

2023/3/5「Tokyo Tech Baseball Conference」での発表資料から抜粋
https://note.com/canopus84/n/n1058f85c8e21 技術革新から捉えた日本の野球アナリティクス史 〜①アナリストの役割とスポーツの課題整理〜 から引用

一方で、より専門性を深めたいという話や、ネットワークの時間を多く取りたい、実際にプレーする選手の意見が聞きたいという話を聞くこともあります。

そのあたり、今後SAJがどのような場として機能させていく方が良いのか、専門的なカンファレンスが増え、個別でのオンラインセミナーが簡単にできるようになった時代に、どのようなアナリティクスの知を創出する場作りが適切なのか、今後議論を深めていけると良いと思います。

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