嵐“カイト”思うよりも早かった米津玄師が「帰る」時


 嵐の“カイト”がミリオンを達成した。国民的アイドルと呼ばれる嵐だが、意外なことにシングル初のミリオン達成だという。そして、この楽曲を嵐に提供したのは現在、稀代のヒットメーカーの名を恣にしてる「米津玄師」。

 “カイト”を昨年末の紅白歌合戦で初めて聴いた時、私が印象に残ったフレーズがあった。それは

 「そして帰ろう その糸の繋がった先まで」

 その糸がつながった先、それは、米津さんの故郷徳島だろう。米津さんが初めて、生まれ故郷を肯定的に歌詞にしたのだ。

 いままでの米津さんの曲は

「イエイ 三千年間このまんま! 這う這うで逃げ出して 愛なんてとっくに売れちまって」

〝駄菓子屋商売”

「ねえ あなたとふたりで逃げ出した あのほの灯りへと行きませんか」

“乾涸びたバスひとつ”

「「嫌い」を吊るしあげ帰りの会 どうせ負けてしまうのならば

弱いまま逃げてしまえたらいい 消して消えない灯りの先へ」

“リビングデット・ユース”

「真っ赤っかな嘘 撒き散らしては 嘘に嘘つき塗り重ね

どうにもならず追い込まれて 傷つく前に逃げ出して」

“WOODEN DOLL”

「どうやってあがいたって 逃げられやしないもんだって

理解してみたってどうしようもない

さあ今夜逃げ出そうぜ ありったけのお菓子もって

きっと役に立つと銃も携えて」

“Undercover”

「自分のことを愛せぬまま 何も選べないまま

 逃げ出すことさえできない 君をいつも見ていた」

“ホープランド”

「帰る場所も無く僕らは ずっと向こうまで逃げるんだ」

〝アンビリーバーズ”

 米津さんにとって故郷は、ずっと、そこから「逃げる」場所であったと思う。

 2019年7月30日に、私はツィッターでこう呟いたことがある。

「米津君、もう少し後でいいからNHKの『ファミリーヒストリー』に出てくれないかな?自分のルーツやご両親のことを知ることによって、米津君の新しい世界が開けていくと思うんだ」と。

    個性と知性と品性は一代では作られえない。

 米津さんの個性と知性と品性は、ご自分の努力もさることながら、ご両親やおじいさま、おばあさまから受け取ったものでもあると思う。個性と知性と品性が結実するのは何代かにわたる積み重ねが必要なのだ。

 そして

 国籍、出身地、両親、性別。

 これらは宿命的なもので誰も逃れることはできない。例え、国籍や性別を変えても、家族と縁を切ったとしても、その人のなかから消えてしまうことはない。

忌まわしくても、愛おしくても。

忘れたくても、忘れたくなくても。

米津さんはそこから「逃げる」場所であった故郷にとうとう「帰った」のだなと思った。精神的な意味で。私が思うよりも早く。

それが米津さんが嵐に提供した楽曲“カイト”でわかった。

“カイト”

小さな頃に見た 高く飛んでいくカイト
離さないよう ぎゅっと強く 握りしめていた糸
憧れた未来は 一番星の側に
そこから何が見えるのか ずっと知りたかった


母は言った「泣かないで」と
父は言った「逃げていい」と
その度にやまない夢と
空の青さを知っていく


風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ


小さな頃に見た 大きな羽のカイト
思い出よりとても古く 小さい姿でいた
憧れた未来は いつもの右ポケットに
誰も知らない物語を 密かに忍ばせて


友は言った「忘れない」と
あなたは言った「愛してる」と
些細な傷に宿るもの
聞こえて来る どこからか


風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ


嵐の中をかき分けていく小さなカイトよ
悲しみを越えてどこまでも行こう
そして帰ろう その糸の繋がった先まで


風が吹けば 歌が流れる
口ずさもう 彼方へ向けて
君の夢よ 叶えと願う
溢れ出す ラル ラリ ラ

Source: https://www.lyrical-nonsense.com/lyrics/arashi-kenshi-yonezu/kite/


 今までは、故郷や自分自身から「逃げて」いたと思う。「憧れた未来」へ向かって。“カイト”で歌われている「憧れた未来」。

 彼が今いる世界は彼の望んだ「憧れの未来」だろう。

 けれどその世界は、私にはどんな世界かは想像も出来ないが、彼が狂気の世界ー彼を中心に何億という金銭が動き、何万という人が動くという―の只中にいることは想像がつく。

 故郷から「逃げた」彼が、「憧れた未来」の筈の今いる場所から逃げたいという気持ちがあったのではないか。

 「悲しみを超えてどこまでも行こう そして帰ろうその糸のつながった先まで」

「苛立って投げ出した言葉 きっともう帰ることはない」

“vivi”

「帰る場所が無くなって随分経ち悲しみにも慣れて」

“ウィルオウィプス”

「雨が降り止むまでは帰れない」

〝Lemon”

いままで、「帰る」場所はなかったのに、“カイト”でできた「帰る」場所。 

 何か自分の大切なものを脅かされるなら、人はそこから、「逃げていい」。 だから“カイト”の次に発表された“感電”が「逃げ出したい 夜の往来」で始まるのは、偶然なのかもしれないが、私にはとても得心がいくのである。

 逃げてもいい。逃げ出すこともある。帰る場所はあるのだから。けれど、“感電”は「お前はどうしたい 返事はいらない」と終わらせている。

 〝感電”のMVは華やかな狂気の世界にいる「米津玄師」を車の中から、米津玄師が見ている。

 「お前はどうしたい 返事はいらない」

 これは、ー華やかな狂気の世界に生きるー「米津玄師」からー普通の29歳の男性ー米津玄師への問いかけであり、狂気の世界から「逃げない」決意表明でもあると思う。

 そして、アルバム“STRAY SHEEP”。山崎編集長がいうとおり、最高傑作で日本だけでなく遠く海外でも勝負できる作品だと思う。

 彼がこんなにも「遠く」に行けたのは、「帰る」場所を受け入れることができたからこそ、はるか「遠く」の世界まで行けたのではないだろうか。

 嵐に提供した〝カイト”は「米津玄師」大きく世界へ未来へ飛ぶための準備として必要な曲だったように思う。


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