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変貌 ートリックスター「米津玄師」-

判明した「なんか」

https://twitter.com/hachi_08/status/1477194546857803777?s=20

この元旦のツイートから三週間。ドラマの主題歌か?ジブリとコラボか?と米民をヤキモキさせた「なんか」がとうとう判明した。
それは、PlayStationの新CMに新曲「POP SONG」を提供するばかりでなく米津さん本人が出演、それもオレンジ色にした髪をツインテールにし、黒い羽のついた悪魔を思わせるような衣装という想定外のビジュアルが公開されたのだ。

まさか、米津玄師が!

「LOSER」では、ダンスを披露し「Lemon」ではハイヒールを履き「感電」では空を飛び、「死神」では着物で噺家、背広でサラリーマン姿を見せた米津玄師。もう、大概のことでは驚かないだろうと思っていたのに、今回のビジュアルには心底驚いた。
そして、CMの演技。
余談だが、このCM、PlayStationだと1日早く先行視聴が可能と言うことだったが、Youtubeで同日に視聴できてしまっていた。 このことは情報番組や公式では、一切触れられてない。織り込み済みの宣伝戦略だったらいいけれど単なる失敗だとしたらSONYの誰かがエライ人にこっぴどく怒られていないことを願う。
ビジュアル写真だけだと、悪魔のようだったがCMを観ると、これは「道化師」を演じている気がする。
舌を出したり、曲芸をするような大きな自転車に乗ったりとコミカルな演技を見せているからだ。
そして、SHIBUYA109渋谷店のシリンダーでは右肩を落としミニスカートから美しくのびた足という姿は「女装」のように見える。


情報番組の「ZIP」でこれを紹介した時、風間俊介さんが思わず笑って、その後「まずいな」と思ったのが表情を引き締めた。
今までの米津玄師さんだったら、「笑ってはいけない存在」だったと思う。

それは「Lemon」で平成という時代を鎮魂し、

「日本人アーティスト史上最高再生回数」の記録を始めとする様々な記録を打ち立てたアーティスト。
https://reissuerecords.net/


そして、テレビでの歌唱はその「Lemon」を紅白歌合戦で一度だけ。

ほとんどメディアに姿を晒さず「ミステリアス」と形容される存在であったためだ。「米民」と呼ばれる私たちファンも米津さんのことを神格化しがち。風間さんが表情を引き締めたのは、ちょっとした失言さえも取沙汰されてしまう情報番組のMCとして当然のことと言える。

今までは。

ぜんぶ、くだらない

全身を写した109のシリンダー。女性モデル顔負けの美脚とスタイルの良さだった。
でも、米津さんが
「ワタシ、キレイでしょ」
という心持ちで、あの写真を撮ったとは思われない。
188cmもある成人男性が女装をする滑稽さを面白がってくれればいい、なんなら、笑ってくれてもいい、そんな気持ちで撮影に臨んだのではないだろうか?
やっていることは『POP SONG』の歌詞にあるように「ぜんぶ、くだらない」ことだから。

道化師と女装の意味

米津さんが今まで見せなかった姿
おどけた「道化師」と、そして「女装」。
私はこれらを見た時に「トリックスター」という言葉が頭に浮かんだ。
「トリックスター」とは

 世界中の神話で大活躍をするキャラクターとして、トリックスターというのがある。
 日本語に訳すなら、いたずら者とか、ペテン師とでも言うより仕方がないが、単なる「いたずら」を越えて、悪者としか言いようのない時もあれば、いたずらから思いがけない成功が生じてきて、英雄のように見える時もある。
 神話学者のカール・ケレーニイや深層心理学者のカール・グスタフ・ユングとともに『トリックスター』という書物を書いた、文化人類学者、ポール・ラディンは、トリックスターのことを「文明のそのもののはじめから、特別に、また永遠に訴える力と、人類にとっては珍しい魅力とを持った人物」と言い、「トリックスターは創造者であって破壊者、贈与者であって反対者、他をだまし、自分がだまされる人物である」

河合隼雄著『神話の心理学』より

日本だと日本神話に登場する「スサノオ」がこれにあたる。
スサノオは伊勢神宮に祀られている日本神話の主神である天照御大神(アマテラスオオミカミ)の弟。本来ならば厳かな神様である筈なのだが、天照御大神の治める高天原でかなり品の無い悪戯を繰り返し、地上に追放される。
ここで、終わったならば単なる「道化」でということになるのだが、ヤマタノオロチという頭が八つある蛇の怪物を退治し英雄となる。ただ、この倒し方が英雄らしい正々堂々としたやり方ではない。ヤマタノオロチに酒を飲ませ、自分は「女装」をして生贄の女性のふりをして退治するのだ。
ある意味、英雄らしからぬ卑怯な方法で勝利するのだ。
ただ、正々堂々と戦ったら、頭が八つもある怪物を退治できただろうか?いやそれは、叶わなかっただろう。
「道化師」と「女装」。
これは、トリックスターの要素を含んでいる。
CMで兵士が「変身」したのはトリックスターなのではないだろうか?

『遊びのない世界なんて』

PlayStation®の新CM「遊びのない世界なんて|Play Has No Limits」

では、なぜトリックスターに変身する必要があったのか。
変身後、米津玄師は剣を突きつけられる。
周りには何千何万という兵士が犇めき合っていて逃げ場はない。
米津玄師はその剣に向かって舌を出す。
相手をからかうかのように。
そんな米津玄師に剣を突きつけた兵士も、周りも手を出すことができないばかりか、気圧されて後ずさりをする。
そして、「あっち向いてホイ」で兵士に勝つのだ。
普通に戦っては勝てない相手に対して「道化師」としておどけることによって勝つ。
トリックスターでないと、力の及ばないものに勝つことは出来ないのだ。

トリックスター「米津玄師」

(奥山由之監督は)自分のことを「世の光を多角的に映し出すミラーボールみたいな人だ」と形容してくれて、その言葉がすごくしっくりきたんです。その言葉があったからこそ、このアルバムのすごく大きな指針として、宝石、クリスタルみたいなものを作りたいと思ったんです。

EYESCREAM[Interview]米津玄師が語る『STRAY SHEEP』に込めた思い

「世の光を多角的に映し出すミラーボールみたいな人だ」。
これは『感電』のMVの監督を務めた奥山由之が米津玄師について語った形容だ。
世の中を多角的に写す存在だからこそ、人々の間に広く、そして心の奥まで届く楽曲を作ることができるのだろう。
だが、「映し出す」だけでは、世の中を変えることはできない。
現在のコロナ禍は、コロナウイルスだけが悪いのではなく、ウイルスによって、私たちが目を凝らさずにいたものー社会基盤の脆弱性、格差、そして医療や清掃と言った生活に必要不可欠な職業の待遇の悪さーがあからさまになった。
世の中を「映し出す」存在から「変える」存在になる。
そのために、人を傷つける武器を使わずに世の中を引っくり返すことのできる存在「トリックスター」に変貌を遂げたのだと思う。
意図的に。

ただ、それも『POP SONG』の歌詞にあるように「それもまた全部くだらない」と、捉えてほしいのではないだろうか?
楽しさや遊びの中から世の中をひっくり返すために。

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