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お題がある論文への違和感

先日、昇進試験を受けた。内容は、小論文で、『職場の課題と解決策について、あなたの考えを述べよ』というお題である。序論・本論・結論という型で書いたが、違和感がある。それは、序論の中に改めて、お題を書くということだ。

お題を書く必要があるのか

お題があり、それに応答する論文を書く場合であっても、改めてその論文の中にお題を書くべきなのか。
序論では、そのお題に対する解釈を書き、最後に『職場の課題とその解決策は、次の3点である。』と書いた。序論の最後に、これから何について述べるのかを書いたのである。

論文として完成されているか

何について述べるのかを序論に書くことは、大学の講義レポートでもお馴染みで、論文の書き方として教わるものだと思う。論文は、問題提起から結論まで書かれていて初めて、完成していると言える。つまり、その論文だけで完結していなければならない。お題のない論文、例えば卒業論文のようなものであれば、自らお題を設定し(問題提起)、それに対して結論を導く。お題の設定がない論文は、不完全であると言えるだろう。では、お題がある論文では、どうか。

読み手はお題を知っているか

『〇〇について論じなさい。』とお題が出された場合、その『〇〇』の範囲が広く、論文を書きにくいことがある。このときは、『□□における〇〇』など、範囲を絞って書くことがある。この場合、読み手(出題者)は『□□における』の部分を知らないので、伝える必要がある。『□□における〇〇について論じる。』と、改めてお題を序論に書くのである。

昇進試験の場合

私が書いた小論文は、どうか。
お題を再設定することなく、与えられたお題そのままに、書いた。
渡された原稿用紙には、お題が書かれていた。読み手(評価者)は、お題を知ることができる。評価者は、論文を読む前に、お題を読むのではないか。お題があり、お題を読み手が知っていても、やはりその論文だけで、完結している必要があるのだろうか。だから、改めてお題を書くのだろうか。
お題を読まずに、論文を読み始める者もいるのだろうか。お題を読んでいない場合を想定して、改めてお題を書く必要があるのだろうか。
お題に対する解釈やその背景を書き、それをもとに、本論を書いている。これは、お題を再設定したことになるのだろうか。だから、改めてお題を書く必要があるのだろうか。
お題の再設定はしていないが、『3点』述べるという、新しい情報を示している。このために、改めてお題を書く必要があるのだろうか。

お題がある論文であっても、その論文中に改めてお題を書くことは、正解であるように思える。しかし、うまく理由を説明できない。
お題を知っている読み手に対して改めて『何について述べるのか』を伝える目的は、何だろうか。