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Re:Home

舞台は下手前(α)と上手奥(β)で二分されている。 上手奥は会社、下手前は家。眠り続ける者がいる。

α (1)

真人)……。

優樹)ねえ、起きてる?

真人)……。

優樹)行って来まーす。

β(1)

優樹)あの。お昼ご一緒していいですか?

愛花)はい。

優樹)同い年でしたよね。

愛花)そうですね。

優樹)古谷……、

愛花)愛花。

優樹)そう、愛花ちゃん。

愛花)優樹ちゃん、だよね?

優樹)そうそう! よく男子と間違えられるんだよねー。

愛花)でも覚えやすい。

優樹)だったら良いな。お弁当? 偉いねー。

愛花)コンビニ?

優樹)時間なくて。……何か疲れたー。

愛花)慣れないからね。

優樹)私ブラインドタッチできないから、そっからだからもー……、頑張る。愛花ちゃん凄い早いよね! 何処で覚えたの?

愛花)文章書くの好きでよくパソコン使ってたし、お兄ちゃんから仕事でブラインドタッチは必須だよって言われてたから。

優樹)お兄ちゃんいるんだ? いくつ上?

愛花)五つ上。

優樹)何してる人?

愛花)ここで働いてる人。

優樹)え、嘘、誰!?

愛花)古谷誠人。誠実の誠に人って書いて、マサヒト。多分「古谷さん」で通ってると思うんだけど。

優樹)そっか同じ苗字か。どんな人? やっぱ誠実な人?

愛花)んー。

優樹)悩むとこ?

愛花)家族だからね。

優樹)あぁ。

愛花)自己紹介のとき見に来てたよ。

優樹)そうなの!? え、でも何か嫌じゃない、授業参観みたいで。

愛花)仕方ないよ。

優樹)私だったら絶対ヤだな。

愛花)優樹ちゃんはきょうだいいるの?

優樹)弟が一人。ヒキコウモリ。

愛花)ヒキコウモリ?

優樹)なんかずーっと引き籠ってんの。

愛花)大変だね。

優樹)大変っていうか、心配。将来どーすんの? って感じ。

愛花)カウンセラーとかは?

優樹)何かそんな感じの人に来てもらったことはあるけど、全然喋んなくって駄目だった。

愛花)……お大事に?

優樹)ありがとう。

 男が現れる。

誠人)愛花。早速友達できたんだ?

愛花)ん。

誠人)新藤さん、だよね。

優樹)はい。

誠人)愛花の兄の古谷誠人です。これからよろしく。

優樹)よろしくお願いします!

誠人)元気良いね。さっきの自己紹介もちゃんと声通ってて良かったよ。

優樹)ありがとうございます。

誠人)返事もオッケー。その調子で頑張って。

優樹)はい。

誠人)コンビニか、手抜いたね。料理はできる?

優樹)勉強中です。

誠人)じゃ、味見したげるから、今度作って持って来なよ、お弁当。

優樹)え!?

愛花)古谷さん、新人さんが困ってますよ。

誠人)そっか、「誠人さん」呼びを布教しないといけないのか。

愛花)そうですね。

誠人)ねえ、誠人さんって呼んでみて。

愛花)……。

優樹)誠人さん。

誠人)優樹ちゃんは素直だねぇ。愛花もこのくらい素直だったら良いんだけど。じゃ、お弁当楽しみにしてるよ。

優樹)え、あ、はい!

愛花)……良いの?

優樹)偉い人の言うことって聞かなくちゃいけないんだよね?

愛花)やりたくないならやらなくていいよ。私言っとくから。

優樹)でも、約束したから。

愛花)そう。じゃあ、頑張ってね。

優樹)誠人さんの好きな食べ物って何?

愛花)カレー。

優樹)あとは?

愛花)シチュー。コーンスープ。うどん。鍋。

優樹)お弁当に入るものでは?

愛花)卵焼き。

優樹)甘いの? しょっぱいの?

愛花)甘いの。

優樹)へー。あとは?

愛花)自分で考えたら? 私手伝ったらつまんないでしょ、お兄ちゃん的に。

優樹)そうかな?

愛花)そうだよ。……ね、優樹ちゃんは何でこの会社に入ったの?

優樹)カン。

愛花)カン?

優樹)何となくここかなって。愛花ちゃんは? お兄ちゃんがいるから?

愛花)そんな感じ。

優樹)なんかちょっと羨ましいような、そうじゃないような……複雑だね。

愛花)そう?

α(2)

 イヤホンで音楽を聴きながら本を読んでいる少年。

真人)私はこの世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦んでしまったのです。

優樹)ただいまー。

 少年は本を閉じてパソコンに向かう。

優樹)ねぇ、ハンバーグとロールキャベツだったら、どっちが良い?

真人)(パソコンに何かを打ち込んで、それを見せる)

優樹)オッケー。……夏目漱石。好きだねー、本。

真人)……。

優樹)ね、うちに料理の本なかったっけ?

真人)(首を傾げる)

優樹)ま、そーだよね。おかーさんの部屋かなぁ。

β(2)

優樹)お疲れー。

愛花)お疲れ。

優樹)どうしたの? 大丈夫?

愛花)ちょっと頭痛くて。

優樹)風邪?

愛花)じゃないけど、ちょっとね。

誠人)お疲れ。

優樹)お疲れ様です!

愛花)お疲れ様です。

誠人)どう? 大分慣れた?

優樹)はい!

誠人)優樹ちゃん、電話積極的に取ってくれてるから助かるよ。ありがとね。

優樹)いえ。はい!

誠人)でも、もうちょっと落ち着いた、大人っぽい感じで出られると良いな。

優樹)大人っぽい感じ、ですか?

誠人)今のフレッシュな感じも悪くないんだけど。会社に合わせてさ。挑戦してみてよ。

優樹)あ、ハイ。

誠人)あと今度、一緒にご飯いかない? 三人で。

優樹)三人で。

誠人)入社一ヶ月祝いってことで。奢ったげる。

優樹)良いんですか!?

誠人)給料いくらもらってると思ってんの。

優樹)いくらですか?

誠人)ナイショー。

優樹)えーっ!

誠人)優樹ちゃん、リアクション大きいよね。

優樹)え、そうですか?

誠人)面白くて良いと思うよ。

優樹)ありがとうございます。

誠人)今度の日曜、十九時。空いてる?

優樹)ハイ、大丈夫です。

誠人)何食べたい?

優樹)……焼肉。とか。

誠人)じゃあ、お店決まったら連絡するから。

優樹)ハイ。

誠人)じゃ。

優樹)お疲れ様です!

愛花)……随分仲良くなったんだね。

優樹)何か凄い話しやすくて。

愛花)気を付けてね。

優樹)何で?

愛花)お兄ちゃん、若い子好きだから。

優樹)え!? え、でも、そういうんじゃないよね!?

愛花)分かんないよ。

優樹)えー。そういうこと言われると意識しちゃうじゃん。

愛花)多分そういうんじゃないとは思うけど。

優樹)何だビックリしたー。

愛花)優樹ちゃんって付き合ったことある?

優樹)ない。

愛花)何で?

優樹)何でって言われても……何かそういう風にならないっていうか……結局友達っていうか……。

愛花)頑張れ。

優樹)頑張る。

愛花)私、優樹ちゃんが男の子だったら、付き合いたかったかも。

優樹)それは告白ってヤツですか?

愛花)ヤツですね。

優樹)大好き!(ハグをする)

愛花)ねえ、今度優樹ちゃん家に遊びに行って良い?

優樹)良いよ! あ、でも弟がな……。

愛花)え、弟さんと同じ部屋なの?

優樹)寝る部屋は違うんだけど、それ以外は。

愛花)珍しいね。ってか大変だね。

優樹)そうなんだよ、気使うんだよ……。

愛花)じゃ、やめた方が良い?

優樹)やめないで! うちに来て!

愛花)行く行くー。

優樹)いつがいい?

愛花)次の土曜。

優樹)分かった!

愛花)良いの?

優樹)良いよ。

愛花)連日になっちゃうよ。

優樹)全然大丈夫。

愛花)良かった。

優樹)やった!

α(3)

愛花)お邪魔します。

優樹)どーぞどーぞ。

愛花)ありがとう。……こんにちは。

真人)(うなずく)

愛花)大丈夫なの? ここで。

優樹)大丈夫だよ、気にしないで。食べて食べて。

愛花)いただきます。

優樹)飲んで飲んで。

愛花)ありがとう。

優樹)トランプしない?

愛花)トランプの何?

優樹)大富豪。

愛花)二人で?

優樹)この子含めて。

愛花)良いの? あれ、何くんだっけ。

優樹)マコト。真実の真に人って書いて、真人。

愛花)真人くん。よろしくね。

真人)……。

愛花)喋れないの?

優樹)喋らないの。

愛花)会話しないの?

優樹)会話するよ。パソコンに文字打って。

愛花)いつから?

優樹)いつからかなぁ。

愛花)どうして。

優樹)……んー。

愛花)ごめん。

優樹)いや、何か切っ掛けがあったんだと思うんだけど、そういう話はしないから。

愛花)そうなんだ。で、結局大富豪?

優樹)大富豪。

愛花)三人で?

優樹)じゃあババ抜き。

愛花)ジョーカーの枚数は?

優樹)あ。

愛花)優樹ちゃんってそういうミス多いよね、仕事でも。

優樹)ごめんなさい。

愛花)でも、皆から好かれる才能がある。羨ましい。

優樹)え、でも、愛花ちゃんってモテるでしょ? 私全然だから羨ましい。

愛花)優樹ちゃんは男友達いるでしょ?

優樹)うん、男も女も皆友達。

愛花)私にはいない。なんか友達って感じにならないし、女子からは敵視されるし。

優樹)うわお。

愛花)だから優樹ちゃんと一緒にいられて、凄く嬉しい。

優樹)告白されてるぅ!

愛花)だから裏切らないでね。

優樹)?

愛花)ずっと仲良しでいてね。

優樹)勿論だよ。

愛花)うん。

優樹)あ、ごめん、ちょっとトイレ行って来て良い?

愛花)いってらっしゃい。

優樹)いってきます!

真人)……裏切らないでね。

愛花)……喋れるんだ。

真人)人間が人間を裏切るのは、恐怖よりも軽蔑によってである。……裏切らないでね。

愛花)……。

優樹)たっだいまー。今どこまで回ってる?

愛花)さっきのとこで止まってるよ。

優樹)さっきのとこって?

愛花)ここ。

優樹)ありがとう! いやー、ババ抜き超懐かしいんだけど。

愛花)私も。

優樹)高校の修学旅行以来だな。

愛花)私小学校のとき以来かな。

優樹)大分前だね。

愛花)お兄ちゃんと、お兄ちゃんの友達と。

優樹)へー。

愛花)勉強会するっていう口実で遊ぶ、みたいな。

優樹)あるある。懐かしいな。

愛花)ね。

優樹)私、修学旅行のとき、怖ーい話して、皆を寝かせないように頑張った。

愛花)恋バナは?

優樹)恋バナは聞いてた。で、途中で寝た。

愛花)結局寝たんだ。枕投げはした?

優樹)した! 私狙い撃ちされた。

愛花)人気者だね。

優樹)いやいやいや。

愛花)いいなー。

優樹)どうした? 悩み事?

愛花)……悩み事は、無い訳じゃないんだけど。

優樹)無い訳じゃないんだけど?

愛花)んー。

優樹)良いよ、無理して言わなくて。

愛花)優樹ちゃんが一緒にいてくれれば、それでいいかな。

優樹)いいんだ。

愛花)そういえば明日、ステンドグラス前だって。

優樹)お店は?

愛花)お楽しみだって。

優樹)結構お茶目だよね、誠人さん。

愛花)そうだね。

優樹)ノリ良くて、親しみやすくて。でも、ちょっと怖い。

愛花)怖い?

優樹)何考えてるのかよく分かんなくて。

愛花)ああ。……ホント何考えてるんだろうね。

優樹)愛花ちゃんでもそう思うんだ?

愛花)思うよ。でも怖いんじゃなくて、

優樹)怖いんじゃなくて?

愛花)苛々する、かな。

優樹)……ねえ、ホントはあんまり仲良くないの?

愛花)別に仲が悪い訳じゃないんだけど、そんなに良いって程でもないっていうか。

優樹)そうなんだ。

愛花)家族だからね。

優樹)……そっか。

 トランプの話で盛り上がる。

β(3)

誠人)理解し合うためにはお互い似ていなくてはならない。しかし愛し合うためには少しばかり違っていなくてはならない。

愛花)何?

誠人)別に。

愛花)何が言いたいの。

誠人)別に何も。

愛花)だったら言わなければいいでしょ。

誠人)何怒ってんの?

愛花)私、優樹ちゃんのことが好きだから。

誠人)それで?

愛花)だから、盗らないで。

誠人)優樹ちゃんはいつから愛花のものになったの。

愛花)別に私のものじゃないけど。

誠人)それは優樹ちゃんが自分で決めることだよね。

愛花)そうだけど。

誠人)だったら盗らないでって言うのはおかしくない?

愛花)……どうして。どうして奪おうとするの。

誠人)何を?

愛花)全てを。

誠人)身も心も?

愛花)!

誠人)でも、彼女たちが選んだことだよ。

愛花)やめてよ。

誠人)どうして。

愛花)嫌なの。

誠人)何が。

愛花)……友達が、いなくなるのは。

誠人)へぇ。俺のせいにするんだ。

愛花)優樹ちゃんは渡さない。

誠人)好きにすれば?

α(4)

優樹)明日何着て行こっかなぁ。……これ(ボーイッシュな格好)かな? こっち(女の子らしい格好)かな? どっちがいいと思う?

真人)(首をすくめる)

優樹)んー。悩ましいな。

 電話が鳴る。

優樹)お待たせ致しました。ク……優樹です!

愛花)練習?

優樹)いや、つい焦っちゃって。どうしたの愛花ちゃん?

愛花)なんか、声聞きたくなっちゃって。

優樹)畜生、可愛いなお前!

愛花)駄目?

優樹)なんか愛花ちゃんの彼氏になった気分だわー。

愛花)なっちゃえばいいじゃん。

優樹)でもリアル彼氏妬かない? 大丈夫?

愛花)今フリーだから。

優樹)よっしゃ!

愛花)優樹ちゃんこそ大丈夫?

優樹)何が?

愛花)好きな人、いたりしないの?

優樹)いや私そーゆーのとは無縁だから。

愛花)じゃあ良かった。

優樹)愛花ちゃんって、今までに何人と付き合ったことあるの?

愛花)一人。

優樹)嘘!?

愛花)ホント。

優樹)長続きしたとか?

愛花)そんな感じ。

優樹)どんな人だったの?

愛花)ナイショー。

優樹)えー、気になるー。

愛花)教えなーい。

優樹)教えてー。

愛花)嫌ですー。

優樹)(笑う)なんかそういうとこ、誠人さんに似てる。

愛花)そう?

優樹)うん。兄妹なんだなーって思うよ。

愛花)どの辺が?

優樹)……性格?

愛花)ざっくりしてるね。

優樹)なんか上手く言えないんだけど。似てるよ。

愛花)そうなんだ。

優樹)分かんない?

愛花)だって、優樹ちゃんだって真人くんと似てるねって言われたら、戸惑わない?

優樹)似てる?

愛花)ちょっと。

優樹)え、全然似てないと思うんだけど。どこが?

愛花)真っ直ぐなところ。

優樹)……んー?

愛花)分からない?

優樹)分からない。

愛花)ね。

優樹)成程ね。……あとさ、ごめん。そろそろ真人が寝る時間だから。良い?

愛花)うん、大丈夫だよ。また明日ね。

優樹)はーいまた明日。バイバーイ。(洋服選びに戻る)

β(4)

誠人)優樹ちゃんって彼氏いる?

優樹)いや、いないです、いたことないです。

誠人)何で?

優樹)何でと言われましても……私としては普通に彼氏ができる方が不思議です。ミステリーです。

誠人)ミステリーだって。どうする?

愛花)今、私優樹ちゃんのこと好きだから。

誠人)何、二人ってそういう関係だったの?

優樹)何か流れでそうなりました。

誠人)良いんだよ? 無理して付き合わなくて。

優樹)無理してないです、楽しいですよ。

誠人)良かったね、愛花。良いお友達ができて。

愛花)そうですね。

誠人)でも、そろそろ時間じゃない?

愛花)何の?

誠人)宿題。やってないでしょ。

愛花)……宿題。

優樹)宿題?

誠人)経理のお勉強。

優樹)配属先決まったんですか!?

誠人)正式な発表はもうちょい先なんだけど。ちなみに優樹ちゃんは営業。

優樹)営業。

誠人)頑張ってね。

優樹)ハイ、頑張ります!

誠人)バス乗り遅れるよ。

愛花)……うん。じゃあね、優樹ちゃん。また明日。

優樹)また明日。気を付けてね!

愛花)うん。優樹ちゃんも。

誠人)……ってことで、優樹ちゃんにも宿題。これ読んどいて。

優樹)いつまでですか?

誠人)今週末まで。

優樹)了解です。

誠人)優樹ちゃんは、愛花ととても仲良くしてくれてて、それは凄く嬉しいんだけどね。

優樹)はい。

誠人)会社は学校じゃないから、仲の良い人とばっかりつるんじゃ駄目だよ。色んな人と話して、誰がどういう人でどんな仕事をしているのか、今どういう状況にあるのか、ちゃんと把握して。仕事ってのは、自分ひとりでやるものじゃなくて、皆で協力してやるものだから。社員同士の連携が大事。

優樹)はい。

誠人)例えば営業は、案件を取って来るのが仕事な訳だけど、制作が大型案件抱えててギリギリの状態で頑張ってるときに、他の案件どさどさ持って来る訳にはいかない。

優樹)はい。

誠人)売り込むにしても、売っているものが実際どういうものなのか、どんな種類があって、どういう料金設定になっているのか、他の会社とは何が違うのか、うちの会社にすることでどんなメリットがあるのか。知らなければ説明できない。数字が上がらない。仕事ができない。他の人に迷惑を掛ける。

優樹)そうですね。

誠人)だから情報収集は必須。

優樹)はい。

誠人)期待してるよ。

優樹)はい!

誠人)バス?

優樹)いえ、地下鉄です。

誠人)じゃ、時間あるね。

優樹)ありますね。

誠人)歌うの好き?

優樹)ハイ、好きですけど。

誠人)カラオケ行こっか。

優樹)カラオケですか?

誠人)嫌?

優樹)嫌じゃないですけど。

誠人)じゃあ行こう。

優樹)あ、はい!

β(5)

 沈んだ表情で現れる愛花。暫くして、誠人が帰って来る。

愛花)どこ行ってたの。

誠人)別に。どこでもいいよね。

愛花)何してたの。

誠人)知りたい?

愛花)……。

誠人)教えてあげよっか。(ICレコーダを置く)

愛花)……最低。

誠人)聞く?

愛花)(ICレコーダを投げる)

誠人)酷いなぁ。

愛花)……酷い。

誠人)酷いよね、他の人に心奪われて。裏切って。

愛花)……。

誠人)許せないよね。

愛花)……許さない。

 愛花、誠人の首を締める。が、途中で手を放す。

誠人)……殺さないの?

愛花)私が人生損するだけだから。

誠人)つれないな。たった一人の血を分けた兄妹なのに。

愛花)血を分けた兄妹なのに。……何で。

誠人)そういう運命だったんだよ。

愛花)運命。

誠人)運命には抗えない。

愛花)抗えない?

誠人)勝てない勝負はしない方が懸命だ。……おいで。

愛花)……。

 操られるように歩み寄り、誠人に抱かれる愛花。

α(5)

 イヤホンを耳にしたまま呆然としている優樹。

真人)運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」といふ言葉はけっして等閑(なおざり)に生まれたものではない。

優樹)……。

真人)運命とは性格なり。性格とは心理なり。

優樹)……。

真人)思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。人間は、性格にあった事件にしかでくわさない。性格が運命を招くのだ。運命は、どこかよそからやってくるものではなく、自分の心の中で成長するものである。人は、運命を避けようとしてとった道で、しばしば運命に出会う。私達の運命を決定する神は、私たちの内部にいる。私達の自己こそがそれである。人間は運命の中に自分自身の生命を認める。そして生命への希求は主人に対する哀願ではなく、自分自身への立ち返りであり接近なのである。運命に逆らえば、運命に支配される。運命に従えば、運命を支配できる。人は皆自分の運命を持っている。唯一やれる事は、どんな結末になろうとそれに従い、受け入れることだ。あなたの運命はあなた自身なのである。「こうした環境で育たなければ」と考えるのは、「私が私でなければ」というのと同じである。運命がレモンをくれたら、それでレモネードを作る努力をしよう。

 部屋を出て行く優樹。

β(6)

 代わって支度を整えた愛花が現れ、眠っている誠人に話し掛ける。

愛花)私、行くね。

誠人)……。

愛花)今までありがとう。

誠人)……。

愛花)私、頑張るから。あなたも頑張って。

誠人)……。

愛花)じゃあ。

α(6)

 パソコンを閉じて外へ出る真人。

γ(α+β)

真人)ただいま。

誠人)……おかえり。

 誠人は久しぶりに心から笑った。

 End

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