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盗撮犯を捕まえたらとんでもないことになった話。 〜水曜深夜の受難〜

こんにちわ。キャンディファットラウドです。
先日珍しい状況に遭遇したのでここにまとめることにする。

結論から言うと、
盗撮犯を捕まえて号泣、マジギレしてからゲロを吐きまくるというとんでもなく辛い経験になりました。



楽しい夜だった。帰るまでは。

2024年2月7日(水)19時。
私はバンドの新曲制作のために池袋のペンタハンズサイドにいた。
練習以外のことでスタジオに集まるのはBomberfetTではほぼ初めてぐらいにレアなので、私のテンションは非常に高かった。

9%を飲んで寝始めるゆーたくん。酒飲みながらダラダラ音出すの楽しいよねぇ。

2時間のスタジオはあっという間に終わり、新曲への手応えもしっかり感じながらみんなで居酒屋へ移動。飲み直した。
くだらない話からエモい昔話までワイワイやって、気がつけば23時。埼玉県民はお帰りの時間である。
私たちは湘南新宿ラインに乗って帰路についた。そこそこ酔っ払っていたので私たちは若干うるさかったかもしれない。本当に申し訳ない。

私は浦和駅で下車、他のメンバーはさらに埼玉の奥地、所謂「ど田舎」へ向かっていくことになる。(私はシティボーイ、都会っ子なのだ。)
メンバーと別れた後、私は京浜東北線に乗り換えるため、1・2番線のホームを目指して構内を歩いた。
時刻表を見ると、どうやら3分後に大宮行きが到着するらしい。ラッキーだ。3分もあれば放尿できる。
私は迅速にトイレに向かい、用を足した。この時まで、私はとても楽しかった。何なら鼻歌も歌っていたかもしれない。

まさかこの後、過去最高レベルに長くて辛い夜を経験することになるとは知る由もなかったのである。

発見。確保。

用を足した私は、足早に1・2番線ホームを目指した。ホームへはエスカレーターで上がっていく。鼻歌混じりの私はご機嫌なまま上がっていった。機嫌が良かったからだろう、珍しくスマホをいじっていなかった。いつもなら俯いてスマホに目をやっている場面なのに。

エスカレーターは上昇していき、段々とホーム地上が見えてきたとき、私の視界にとんでもないものがうつった。

ホームで電車を待つ女性のケツの下に、中腰姿勢でスマホ?らしきものを突っ込むおっさんが見えたのだ。


エスカレーターじゃなくてホームだけど、つまりこういう撮り方。

予想だにしていなかった光景に、私の脳内は完全にパニックである。

え?嘘でしょ?そんな堂々とやる?ていうかエスカレーターの出口の目の前やぞ?全然人目につく場所じゃん。実際おれにみられてるし。なんでこんなとこでやるんだ。いやいやそんなことよりどうしよ、これ声かけるべきなんか。こういうときどうするべきなんだっけか。

と、私の脳内ポンコツCPUの使用率は優に90%を超え、1秒あるかないかの刹那の間、様々な思いが錯綜した。もはや出来事がスローモーションになって見えていたように思う。

そうこう考えているうちに私はホームに上陸。時を同じくして京浜東北線大宮行きもホームに到着。
おっさんはサッとスマホらしきものをポケットに隠し、何食わぬ顔で女性と一緒に乗車。私も同じドアから乗車した。

車内は空いており、女性とおっさんは対面の座席に座った。
酔いのせいもあったのだろうが、この時点で私の頭の中はかなり整理されており、完全にマインドセットされていた。
よし、声をかけよう。

私は女性に声をかけた。

「お姉さん、ちょっといい?」
「え…あ、はい。」
「あの向かいの男性が浦和駅のホームであなたのスカートの中を盗撮してたんです。全部見てました。」
「え!?全然気が付かなかった。」
「だよね。で、お姉さんに決めて欲しいんですけど、彼に声かけて次の駅で下ろすか、それともなかったことにして帰るのとどっちがいいですか?声かけるとそれはそれで面倒かもだけど…。」

女性は明らかに困惑していた。そりゃそうだ。急にこんなおじさんから声かけられて、しかも盗撮されてたなんて言われてすぐに判断できるわけもなかろう。
見たところ20歳前後だろうか。いや、下手したら10代かもしれん。おっさん、こんな若い子困らせたらいかんよ。

「お…お願いしてもいいですか…?」
「わかりました。声かけてくるね。」

女性の要請を受け、私は盗撮疑惑のあるおっさんに対峙した。
おっさんはスーツにコートを着たサラリーマン風の装いだった。結構大きめな声で女性と話していたため、全部聞こえていたのだろう。明らかに目が泳ぎ、白黒させていた。

「さっき撮ってましたよね、あの人のこと。」
「いえ、撮ってません。」
「いやいや、見てたのよ。浦和駅のホームで。ごめんだけどスマホ出してもらってもいいですか?」
「え…」
「いや、撮ってないんですよね?ならスマホ見せてもらっていいですか?ファイルなければ間違いでしたすみませんで済む話ですから。」
「あ…はい…」

最初こそ抵抗したものの、あっさりとiPhoneを出すおっさん。

「画面ロック解除してもらえます?」
「はい…」

ギャラリーを見る。

明らかに不審なアングルのサムネイルがてんこ盛りに入っていた。

どれもこれも被写体がはっきりしないローアングルのサムネイル。駅のホームが多い。ほぼアウトだなと思った。
左上(最新)のサムネイルをタップし、動画を再生した。
ホームで電車を待つ女性の後ろから一気に股ぐらの中へ入っていき、スカートの中を撮影した動画だった。写っているのはさっきの女性だ。完全にアウトである。何なら画面の端でエスカレーターから上がってくる私も一瞬写っている。もはや言い逃れはできないだろう。

「撮りましたね、スカートの中。」
「いえ、撮ってません。」

これでシラを切るのは中々の強心臓である。
流石に私もちょっと声がデカくなる。

「いやいやいや、無理無理無理。無理よ。これで撮ってないは無理ですよ。正直に言ったほうがいいですって。そのほうが後々絶対良いと思いますよ。」
「…。」
「一緒に(次の駅で)降りてもらえますか?」
「…はい。」
「では、降りましょう。」

ちょうどこのタイミングで電車は北浦和駅に到着。私はおっさんのスマホを自分のポケットにしまい、彼の腰に優しく手を添えながら一緒に降りる。女性も一緒に下車し、三人で窓口を目指して歩いて行った。
特に揉めることもなく降りてくれたのはすごく良かった。揉み合いになったら、私の100キロ超えのワガママボディを活用しないといけなくなるところだったから。

号泣。

窓口に向かう間、私はおっさんに話しかけた。

「特に抵抗されることもなく、最初から認めて降りてくれたと警察にはちゃんとお話しますね。」
「ありがとうございます。お二人にご迷惑おかけしてしまって申し訳ないです。」

腰も低いしそんなに悪そうな人じゃないかもしれんな、このおっさん。

改札窓口につき、駅員さんに「この人がスカートの中を撮ってしまいました。警察呼んでもらえますか?」と言うと、窓口の中に入れてくれた。
すぐに警察に連絡してくれた駅員さんは、3人の関係性を聞いてきた。加害者、被害者、それを見てた人。
ひとしきりメモを取り、私から証拠品のスマホを預かると、駅員さんは特にこっちに何も言ってこなくなった。

暇である。
思わず、おっさんに話かけてしまった。

「あの、お住まいはこちらのほうですか?」
「いえ、〇〇(都内)です。」
「職場は…?」
「××(都内)です。」
「えー…じゃあ何の用事でこちらへ…?」
「いやぁ…そのぉ…。」

いやいや、絶対撮影のためにこっちまで来たじゃん、縁もゆかりもないんだから。女性も都内からの乗り換え(××方面から)だったらしいから、さては短いスカート履いてるこの女性をどこかで見つけてそこからずっとついてきてチャンスを伺ってたな?なるほど、だからエスカレーターの出口前という無茶苦茶リスキーな場所で撮影したわけだな、女性が立ち止まっているチャンスタイムを逃さないために…。ていうかなーにやってんのよほんと…終電間際に…。

「失礼ですが…おいくつですか…?」
「…39です。」

…だよな、年上よな。
あー、嫌な予感してきた。これ以上聞かないほうがいいに決まってる。だって聞けば聞くだけ辛くなりそうだから。でもなぁ、聞きたくなっちゃうんだよなぁ。おれは警察でも何でもないけど、ほんとただの好奇心なんだけど、聞きたくなってしまう。うう、絶対聞かないほうがいいのに。

…聞いてみるか…。

「もしかしてご家族とか…?」

「妻と◯歳(小さい)と◯歳(とても小さい)の子供が二人います。」

…。
何やってんのよほんと。
…ほんと、何やってんのよ。

やっぱ聞くべきじゃなかった。なんて馬鹿なことをしたんだ。こんな馬鹿な質問のせいで答えたおっさんも傷ついたし、聞いたおれも傷ついて誰も得しないじゃないか。馬鹿、ほんと馬鹿。なんで聞いたんだ馬鹿者!

俯きながら自分の愚かさを悔いていたら、ふと息子の顔が浮かんできた。

おっさんの子供も、今回のことで傷つくんだろうな。奥さんもさ、終電まで仕事して旦那は頑張ってるなぁなんて思ってたのに、実は遠くまで女性をつけていって盗撮してましたーなんて知ったらすごいショックだろうなぁ。
おっさん優しそうだから、いいやつそうだから、そんなやつだと思われてないだろうから、みんなショックだろうなぁ。

気がついたら、私は泣いていた。ヒグヒグ声も出ていた。涙が止まらなかった。ハンカチが見当たらなかったため、仕方なくお気に入りのXLarge×SEGAソニックコラボのスタジャンの袖で拭ったが、それでもとめどなく流れてきた。くそ、このスタジャン、クリーニング出さないと洗えないのに…!

みんな不幸だ。これに関わった全員が。
おっさん、馬鹿!
おれも馬鹿!
みーんな馬鹿!わぁーーーー!

「すみません…本当にすみません…。」

おっさんもなぜか半泣きになって謝っていた。
いやでもそこはおれじゃなくて女性に謝りなさいよ。

エンエン泣いていると、そこに警察が到着した。
警察官が最初に見た二人は、ばつがわるそうなスーツのおっさんと、号泣する金髪ハイライトの一見無職に見えるスタジャン野郎。

制服姿でガタイのいい警察官が、私に声をかけた。

「あの、あなたが女性を撮った方?」

…みんな不幸だ!

憤怒。

私へのあらぬ誤解が解けたあと、警察官がゾロゾロ集まってきた。その数、ざっと8名。
私と女性、おっさんはそれぞれ遠ざけられて、質問された。
仕事は?会社は?住所は?なんでこの時間に電車に乗っていたのか?

非常に丁寧な物腰で質問されたので決して嫌な気分にならなかった。若干聞こえてくる声から、おっさんも決して不躾に扱われているわけでもなかった。あいつが来るまでは。

165センチぐらいの小柄で角刈り、メガネをかけた私服の男が窓口の中に入ってきた。ジェラードンのアタック西本みたいだなと思った。
どうやら私服警官のようだ。
おっさんの前にツカツカと歩いていくと、結構な声量でこう言い放った。

「お前、自分が何やったかわかるな?わかってるよな?」

思わず注目する私。

おっさんはか細い声で「はい」と答えた。
西本似の警官は続ける。

「認めるな?いいな?このあと詳しいことは署で聞くけど、認めるんだな?」

この西本似、とてつもなく高圧的なのだ。
おっさんはまたか細い声で「はい、すみません。」と答えた。

おっさんはこれまでただの一つも抵抗したり、反論したりしてこなかった。最初からずっと盗撮を認めているのだ。
なのにこの態度…。ワナワナワナワナ…。

普段ならこんなことで怒ることはない。「うわー、嫌な感じ!」ぐらいで済む話なのだ。そもそも私が言われていることでもないしな。
なのに、なぜだかこの時だけはとんでもなく癇に障ったのだ。許せなかった。接した時間は短いが、これまでのおっさんの発言や態度に感情移入していたのだろう。

私の血圧は、逆バンジーぐらいの瞬発力で唐突にテッペンまで飛び上がった。

私、久々にキレちまったのです。


36歳おじさん、久々のマジギレでございます。

キレるまでの時間も過去最速だったかもしれん。
西本似が来てたぶん20秒も経ってないと思う。
たった20秒弱で西本似は私の心の中のやかん(25メートルプールぐらいある。でっかい)を沸騰させたのだ。褒めてあげたいぐらいだ。
次の瞬間、目の前に立っている警官の横から私は飛び出し、西本似に詰め寄りながら叫んだ。

「ちょっとおまわりさん!今の言葉遣いはなんですか!?どういう了見でそんな上から目線に彼を詰めてるんですか!?」

西本似は突然後ろから怒鳴られて面食らったのであろう。かなり慌てた感じで振り返った。本当に西本に似ている。

「な、なんですか!詰めてなんていませんよ!」

おれに敬語を使うならおっさんにも使えや(怒)
なぜかおっさんも「いいんです、私が悪いんです。すみません。」とか言いながらおれを宥めようとしている。地獄である。

完全にキレちまった私はそこそこにエグい剣幕になっていたと思う。
鼻先30センチ。所謂「輩が喧嘩する5秒前の距離」まで詰め寄った。西本似もさすが警察官。慣れたものだ。引かない。

「所属は!?名前は!?」
「生活安全課の〇〇です。」
「今ここに生活安全課の上長はいますか!?」
「いえ、いません。」

血圧が高くなりすぎて頭が痛かった。

「じゃあここにいる皆さんに問いますけど、この人の態度ってありえます!?これが普通ですか!?おたくの署では誰にでも高圧的にタメ語で喋る人が一般的なんですか!?」

西本似以外の警察官に一人ずつ詰め寄りながら上記のセリフをぶつけていく。皆一様に否定するが、私の怒りは収まらない。
西本似はこの期にしれっと窓口から出て脱出しようとしていた。それを私は見つけてしまった。

「聞いてます!?〇〇さん!あなたの話ですよ!皆さんこれが普通じゃないって言ってますけど!ねえ〇〇さん!ちょっと戻ってきなよ!何にも抵抗してない人にあの態度は適切でしたかー?何様のつもりですかー!?おーい!聞こえてますかー!おい!ふざけんなよ!逃げるんか〇〇!」

敬語で話せと言っておきながらボルテージが上がって自分もだんだん言葉遣いが悪くなっている。最低。

10分前には号泣してて、今度は突然キレて地団駄踏みながらでかい声で喚き散らす。この情緒のぶっ壊れ方では、ク◯リを疑われておしっこを取られてもおかしくない状況である。

警察官3人がかりで宥められ、誰が犯罪者かさっぱりわからなくなってきた。一番年長者っぽい警察官の人が、真っ直ぐ目を見ながら話してきた。

「まあまあ、私はあなたの話聞いてますよ。彼には私からよーく言っておきますから。あの態度はおかしい。私もそう思うから。ね。一回落ち着きましょ。」

すっと、怒りが引いていった。
誰かがわかってくれればいいのだ。誰かが。
例え犯罪者だとしても、そんな粗末に扱われていい人間などいないのだ。絶対に。

怒りの落ち着きと同時に、今度はまた自己嫌悪に陥ってきた。
なんてみっともないんだ…いい大人がこんな大声出して…。
よっぽどおっさんのほうが大人じゃないか…盗撮するけど。

体調不良。そして嘔吐。

私の怒りのボルテージがまあまあ落ち着いた頃、パトカーに乗せられて浦和警察署へ連れて行かれた。どうやら調書を書くことになるらしい。

警官と共にエレベーターで三階に上がると、パーテーションで区切っただけの小さな会議室?のような部屋が並んでいる。そのうちの一つの部屋に座らされた。

程なくして、私服警官が二人やってくる。さっき北浦和駅の窓口にもいたそうだ。あんま覚えてないけど。
二人のうち、見た目が若そうな警官が自己紹介をしてくれた。23歳の若手で、自分が調書を書くのでよろしくとのこと。もう一人は年齢は言わなかったがかなりのベテランで、若手のフォローをすると言っていた。

腕時計を見ると1時。眠いが、まぁここから1時間程度で調書が仕上がればなんのことはない。3時にはベッドに入っているはずだ。

これが地獄の始まりとは知る由もなかったのである。

若手警官…呼び名をつけよう。彼はネルソンズの和田まんじゅうに似ていたから「和田さん」と呼ぶことにする。
和田さんは今日の私の足取りを一つずつ聞き始めた。何時ごろに池袋に向かったのか、そこで何をしていたのか、どんな電車に乗っていたのか、酒はどのぐらい飲んだのか。

「電車に乗ったのは何時ですか?正確に教えてください。」

と言われ、いやいや、そんなん覚えてないですよ、だって仕事を終えてそのままとにかく駅に向かって来た電車に乗っただけだし。と答えたが、和田さんは許してくれない。

「そこを何とか…思い出せませんかねぇ。」

このセリフを私はこの後何度となく聞くことになる。

池袋から湘南新宿ラインで浦和駅に降りる。
まだエスカレーターにも乗っておらず、犯行現場も見ていない。
この序盤の文章が書きあがったのが、まさかの2時である。そう、和田さんは細かいことを正確に記載しようとするあまり、異常に時間がかかってしまうタイプの人だったのだ。

「トイレを出られたのは何時何分ごろだったか覚えていますか?」
「いや…覚えてないですねぇ…」
「そこを何とか…。」
「いやぁ…トイレ出た時にわざわざ時計みたりしてないですからねぇ。ただ電車が間も無く来る頃だなという認識はありました。」
「じゃあその電車が来る時刻というのは何時だったか覚えていますか?」
「いや、それも思い出せません。発車時刻を電光掲示板で見た時に、あ、3分あるからおしっこできるなと思ったことしか記憶にないです。」
「そこを何とか…。もし思い出せないようでしたら◯時◯分で記載しても良いですか?」
「え!?それ私が覚えていないのに覚えてることにして時刻表から逆算した時間書くってことですか!?それおっけーなんですか?」
「そうですね、ダメですね。じゃあ何時ごろか思い出せますか…?」

このような会話がずっと続くのだ。ずっと。
そしてやっと1・2番線ホームで犯行現場を見たところまで到達するのだが、またここからとんでもなく時間がかかる。
男性はどんな服装でしたか?女性はどうでしたか?なぜ女性はスカートを履いていると思ったんですか?なぜ男性が盗撮しようとしているとわかったのですが?男性はどちらの手でスマホを持っていましたか?なぜ手に持っているのがスマホだと思ったのですか?盗撮時の中腰姿勢というのはどのような姿勢ですか?何時何分ごろに盗撮していたかわかりますか?…etc.

1個ずつちゃんと答えるものの、おっさんがどの手でスマホ持ってたかなんて思い出せるわけがないし、そんなのわかりっこない。この手の「思い出せるはずがないのに思い出したことにして調書に落とそうとしてくる質問」がめちゃくちゃ多く感じてしまったため、私もさすがに言い返した。

「つい5秒前、私はスマホを握っていました。どちらの手で握っていたか和田さんはわかりますか?わかりませんよね?だってそんなのいちいち完璧に記憶しながら人は物事を認識していないですよ。でしょう?」

和田さんは「そうですよねぇ」と苦笑いしつつも、「そこを何とか…右手ですかね?持っていたのは。」などと、結局堂々巡りを繰り返すのだ。

時計を見ると時刻は3時。しんどい。もう2時間もこんなことをやっている。

そのうち、私は体調の異変に気がついた。

めちゃくちゃ気持ち悪い。吐き気がしてきたのだ。

おかしい。いつもならこの程度の飲酒量で気持ち悪くなどならない。明らかに精神的・肉体的なダメージの蓄積によって体は悲鳴を上げていた。

「和田さん…すみません…これ後日じゃダメですかね…?ちょっと気持ち悪くなって来ちゃって…。」
「すみません、後日だとどうしても記憶が薄れちゃうので、今日中にやり切らないとなんです。申し訳ないですが」

まじか。やり切らないといけないらしい。
まだ犯行現場を目撃したところだぞ…?これから車内で声かけして確保するところから下車させるところまであるんだぞ。この調子では何時間かかるかわかったもんじゃない。

先行きに絶望した私は、なおさら体調が悪化していた。

最悪だったのがニオイだ。私は元来ニオイフェチで、良いニオイが大好きだ。その反面、臭いことが一番許せない。だから飲食店に行く時もニオイがつきそうなときは可能な限りニオイを落としやすいアウター(ウォッシャブル)を着ていくし、家に帰ったら速攻シャワーを浴びたいタイプだ。何なら、1日2回入浴することが多い。

そんな私の全身からタバコのニオイが漂っているのだ…!

犯人はそう、ゆーたくんである…!

改めて見るとイライラしてくる。呑気に寝やがって。

あいつが居酒屋で吸ってたウィンストンのニオイが全身に付着して、私を苦しめているのだ。ううう、臭い。臭すぎる。今すぐ全ての服を脱いでシャワーを浴びたい…!タバコのニオイ嫌い!

和田さんが必死で調書を書く向かいで私は己の臭さと吐き気に必死で耐えていた。あまりに状態が悪くなったので、和田さんが先輩に頼んで水を持って来てくれた。だがもうそんなの焼石に水である。

和田さんの先輩も先輩で、ちょくちょく様子を見に来ては小言を言って帰っていくだけだった。

「まだそこまで?」

「いや、わからないところはわからないで良いから一旦書いてごらん?」

「ちょっと流石に時間かかりすぎだぞ。」

先輩、その通りなんですよ。だから早く和田さんと代わってください。でないと朝が来ちゃいますまじで。お願いします。

そして限界は突然やってくる。
強烈な嘔吐感に見舞われたのだ。ダメだ、これは耐えられそうもない。

「トイレ…借ります…。」

ふらふらと立ち上がり、私はトイレへ向かった。和田さんもついて来てくれて、トイレの個室の外で待ってくれた。
便器に向かって盛大に嘔吐する私。もはや内容物はあまりなく、濁った胃液だけをげえげえと吐いた。

扉の外で和田さんはしきりに謝っていた。何だかかわいそうである。

ひとしきり吐いてトイレを出ると、和田さんから廊下のベンチに横になるように言われた。横になると、実際多少楽になった。とはいえ、気を緩めたらまた吐いてしまいそうだ。
意識が途切れ途切れになりながら、私はベンチの上で必死に嘔吐感と闘っていた。

どのぐらいの時間が経っただろうか。声をかけられ起き上がると、そこには和田さんと先輩がいた。どうやら見かねた先輩が書いてくれたようで、長所が書きあがったとのこと。

内容を読み上げていただき確認したが、まったく問題がなかった。というか、やっぱりわからないことはわからないままでよかったのだ。和田さんはなぜあんなにも細かいことをはっきりさせたがったのだろう…。

読み上げ確認が終わり、書類にサインと母印を押す。

「お疲れ様でした。こちらで全て終わりです。大変でしたね。こちら少ないですが捜査協力の謝礼です。」

「協力謝礼」と書かれた茶封筒に、5,000円と書かれていた。先輩が中から樋口一葉を出してこちらに見せると、受け取り確認書類にサインをさせられた。もうどうでもいいから一刻も早く帰りたかった。

帰宅。そして嘔吐。

和田さんに見送られながらエントランスまで来ると、別の警官二人がクラウンの覆面パトカーを回してくれていた。どうやら家まで送ってもらえるらしい。住所を伝えると、それをめちゃくちゃゆっくりナビに入れ始めた。頼む、早くしてくれ。おれは今本当に辛いんだ。

時刻は4時50分。勘弁して欲しかった。

クラウンは発進すると、それはそれは大層安全運転で、ゆーーーっくりと我が家に向かう。信号が黄色になりそうな予感がしたら随分手前から減速する。だから信号という信号に引っかかるのだ。40キロ以上の速度なんてもってのほか。左折右折も運転席と助手席の二人でダブルチェック。車はほとんど走っていないのに、いつもの倍以上の時間をかけて家に着いた。死ぬかと思った。

とりあえず家についてすぐにトイレで嘔吐。
シャワーを浴び、髪の毛を三度洗い(それでも何となくタバコのニオイがしてる気がする)し、ドライヤーをかけ、もう一度トイレで嘔吐して就寝。

翌朝は、もちろんちゃんと起きられるはずもなく、午前中はほとんど寝るか吐いているかに当てがったため、私は始業を11時まで遅らせたのであった。フレックスの会社で本当によかった。

家族は相当心配していたようで、私が送った断片的なLINEの内容からどうも私が盗撮魔を私人逮捕したんじゃないかと思ったそうだ。ぶん投げたりする、あの流行りのやつね。やるわけないでしょあんな乱暴なこと!まあでも、心配かけてしまって本当に申し訳なかった。

人生で一二を争う長い夜を過ごし、私の手元に残ったのは5,000円の入った茶封筒。これだけ苦しんだのに、たったの5,000円である。時給換算するとたぶん最低賃金を割る。ぎぃええええええ!!!!!!

なんだか余白がとても悲しく感じる。

盗撮しちゃったおっさん、ちゃんと家に帰れたのだろうか。
なんだか後味の悪い経験だった。



追伸。


一番のお気に入りである。

ソニックのスタジャンはしっかりファブリーズで消臭しました。合掌。

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