凧と少年 ~二つのアングル~
少年から凧へ
大切な君を、ケヤキにひっかけてしまった。僕が中途半端なスピードで走り出したものだから、君はためらって上がりそこねて、尖った枝に突き刺さってしまったのだね。助けなくては。でも、登るには高すぎる。ゆするには太すぎる。僕と君とを隔てるケヤキは、知らんふりして立っている。
凧から少年へ
これから私はどうなるのかしら。もうすぐ日が暮れてあなたは家に帰るけれど、身をよじってついて行こうとすれば、胸に刺さった枝が傷口を広げてしまう。じっとしていましょう。あなたは毎日、この公園に来て遊ぶから。姿を見られればそれでいい。それでも、新しい凧を飛ばす時は、そっと、固く、目を閉じて。
少年から凧へ
風に吹かれ、陽に照らされ、雨に降られ、雪に覆われ、君は日に日に傷ついて行く。それを呆然と見つめることしかできない僕の瞳は、急速に年をとっていく。こんなことなら、大空高く舞い上がる君がプツンと糸をちぎって飛んで行くのを見送る方が、ずっとずっと楽だった。
凧から少年へ
時折、こちらを見上げて苦い顔をするのはどうしてですか。じきに若葉が生い茂って私を隠してしまうのが淋しいから?それなら私も同じです。葉陰でだんだん視界が狭くなります。いつか貴方が全く見えなくなってしまったら、どうぞ、今より大きな声で笑って下さい。耳を澄まして探せるように。
少年から凧へ
夏が来て、深い緑が僕の失敗をスッポリと覆い隠した。安堵感に包まれる。あの日あの枝に置き去りにした君は、今や悲しい夢の残像。秋が来て、オレンジ色の葉が落ちるとき、果たして君はそこにいるのか。どんな姿で、どんな顔して。もしも君が跡形もなく消えていてくれたら、言えるのかもしれない。「ごめん、そして、ありがとう。」
(了)
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昨年2月に発表したnoteデビュー作に少々手を加えました。
「第1回noteショートショートフェスティバル」の参加作品です。フェスティバルの詳細はこちら https://note.mu/umimimimimi/m/m0115fd3eb9f8
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