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昭和大学リカレントカレッジ 患者視点から考える患者力

この記事は、2023年10月から2024年2月まで昭和大学リカレントカレッジで開講した講座「CancerX」の受講生の皆さんの、最終リポートをご紹介します。


患者視点から考える患者力
        慢性骨髄性白血病患者・家族の会 いずみの会 田村英人


◇なぜ患者力が必要?

私は2003年に慢性骨髄性白血病をそして2020年に腎細胞がんを罹患しました。前者は分子標的薬治療により寛解状態、後者は部分切除手術治療を行いました。そこで患者力とは一体何か?少し考えてみたいと思います。

病気の治療に直面するのは患者と医師(医療者)です。しかしその立場は最初から上下関係となっています。医師は病気を治す人、患者はそれを受ける人。しかも患者にとっては、自分の命を医師に握られていると感じてしまいます。知識豊富な医師に対し、何の予備知識のない患者が対等になるはずがありません。そう考えると最初から負け戦となってしまいます。

ここで原点をよく考える必要があります。患者力は医師に立ち向かう力ではありません。治療の目的は病気を治すこと、そして生活の質を保ちながら生命の維持を図ることであると考えます。その病気を持っているのは患者であり本来の主役は患者なのです。

しかし先の目的を達成するためには医師と言う強力なパートナーが必要なのです。つまり本来は対等な関係であるはずなのです。しかもお金を支払っているのは患者です。患者はしてもらっていると考えるから間違ってしまう。

本来の目的のために患者が自分自身の問題であるという認識が十分でないことが不平不満の要因ではないだろうかといことです。自分の命がかかっていることに対し、もっと貪欲でなければならないのではないでしょうか

例えば治療方法を選択する場合、医療施設を選択する場合、主治医を選択する場合など多くの選択の場面に遭遇します。またこうした方が良いと勧められることもあります。そんな場合勧められるがままであったり、どうでもいいやと安易に選択してしまう場合もあると思います。

時間は取り戻せません、あとで後悔してもやり直しと言う訳には行きません。理解して納得して治療を進めることにより以後様々な事象が生じた時も後悔したり、諦めたりする事のない状況に近づくことが出来ます。もし不本意な状況になったとしてもその原因に気付くことが出来るのです。しかしいくら考えても答えが出ない場合があります。その時は経験者や医療者の意見を聴くことも大切になります。

さてこれらを実現するにはいくつかの手段や方策が必要です。それらを具体的に考えてみたいと思います。

◇患者力アップの手段を考える

  1. 情報収集力と正誤を見定める情報リテラシー

何も分からない所から出発する訳ですから自分の病気について多くの情報を集めなければなりません。現代ではインターネットが発達していますので多くの情報を得られますが、エビデンスの無い怪しいものも混在したものとなっています。なので残念ながら全てが正しいとは限りません。そこで大事なのはそれらが正しいか胡散臭いか判断する力が必要です。その判断能力は信頼できる仲間、医療者などから教えてもらいながら自分で感覚を磨かなければなりません。

2.自分の病気の理解

多くの患者さんと接してきて自分の病気の事に無関心だったり、あえて知ろうとしないなど基本的事柄を理解されてない方が少なくはありませんでした。自分の病気が病理学的にはどんな内容か、現状の進行度は、治療法として何があるか等は最低限知る必要があります。

3.主治医、医療者とのコミュニケーション力

残念ながら私の最初の主治医とのコミュニケーションは落胆する状況でした。質問すると嫌な顔をし、次の患者さんが待ってるからとか取り付く島がなく、見ているのは前の画面でいつ患者の顔を見るのだろうと、満足して診察室を出る事はありませんでした。しかし新米の患者としてはそれを我慢するしかありませんでした。その病院の相談室で実情を話したり、他の機会でお会いした看護師さんにぶつけたりしましたが、あの先生は「さもありなん」という返事でした。

私の場合は治療経過も順調であったので病院を変える判断にまでは行きませんでした。御陰で主治医への質問の仕方、主治医の変え方を考える機会をもらえました。

4.医療に対する基本的知識

病気の事と同時に医療を取りまく状況を知らなければなりません。自分の周りにどんなリソースがあるか、セカンドオピニオンとは何か、標準治療って何だろうか、緩和医療という言葉はどんな意味があるかとか、医療者と対峙する時には必要となります。また高齢者家族や独居患者が多くなる現在、一人で苦境に悩む方も増えています。介護保険をはじめ社会的支援リソースを利用して負担を軽減することが大切になってきます。

5.仲間を作る、共感する、してもらう

この約2年のコロナ禍で人との繋がりがいかに大事かという事を我々は痛感しています。人と会うことにより会話が生じ自分の想いを伝え、他人の意見を聞き迷いから決断に移行することが出来ます。会話は自分の決断を促すことに繋がります。しかし現状独居の比率は増加し孤立した老人が増えていくことは憂える状況です。特に男性は群れることが苦手で女性のように井戸端会議で発散することが出来ません。ハーバード大学の75年間に渡る追跡調査によると、人間の幸福や健康は学歴、年収や職業とは直接関係なく関係があるのは「いい人間関係」だったと言うレポートがあります。そして人の悩みの90%は人間関係であると。

6.ピアサポ―トされる立場からする立場へ

がんと診断された直後は暗い森の中を手探りで歩くようなものです。近くで一緒に進むべき道を探してくれる案内人がいたらどんなに心強いでしょうか。それは医療者でしょうか、家族でしょうか。伴走して欲しいのは同じ道を歩いた経験のある人ほど頼りになるものはありません。それが所謂ピアサポートではないでしょうか。その有難みを知って自身の治療に自信が持ててきたら今度は自分がその伴走者となり、闇に立ち往生している人の手助けをする流れが出来ることが望ましいと思います。

7.気持ちの持ち方

悩みの多い人生は気持ちの持ち方により180度変わってしまいます。現実にはそうは言っても難しい面はあるでしょうが、努力により改善されるのではないでしょうか。今あるもの、今生きている事に感謝することが出来ればマイナスは薄まります。今を大切にし、集中するというマインドフルネスも一助になるでしょう。

8.現実を受け入れる包容力

病気に罹患して「なぜ自分が?」という問いに悩まされてしまいました。しかしこの問いには解答はありません、ただ毎日ぐるぐる回ってしまうだけです。そんな中ある日、現状の事実はどうにも変えることが出来ないので全て受け入れようと覚悟した時に初めて一歩前に進むことが出来ました。その瞬間は人によって変わると思いますが、ここが前向きに治療しようと頭が切り替わった原点でした。

9.死を受け入れる難しさ

ある患者さんの家族から聞いたことですが、もう80代だから余命を告知しても大丈夫だろうと思い、知らせたが本人はすごくショックを受けてしまい困っているとの事でした。人間はいくつになっても死を受け入れることは難しいのでないでしょうか。また、50代の難しい肉腫の患者さんは自覚症状がない時は自分がんだと信じられなかったそうです。しかしいよいよその時が近づいた時にキリスト教の洗礼を受けたそうです。宗教に頼ることも一つの手段だと思いました。生きたいという気持ちと、自分ではどうにも出来ない死をどう捉えたら良いのでしょうか。今の私の結論は「絶対生き抜く」という気持ちと「いつでも死ねる」を共存させる努力が必要と思っています。

10.人生観

がんという病気に罹患することにより、より身近に死というものを考えることになります。つまり自分の生を振り返り今後どうしていくか、それが人生観です。自分の人生にどんな価値を見出すのか、何を大切にていくか、その辺が定まらないと自分自身の物差しが持てないのではないでしょうか。

11.多様性を受け入れる

両極化している社会、ディジタル化している社会、いいか悪いか、好きか嫌いかと物事を対極化してしまう風潮です。しかし世の中はそんなモノラルなものではないのに好きか嫌いで判断してしまう傾向があります。良さそうで悪い、悪そうで良いという事象や人間にも言えます。そう考えればダイバーシティも受け入れられるのではないでしょうか。言い換えるとMUSTで考えるのでなくMAYで考えるということ。すなわちこうするべきだという事はごく限られたものであり、ほとんどの事はそうかもしれないと考えれば受け入れる心も広くなるのではないでしょうか。

◇まとめ

Shared Decision Making (共同意思決定)という言葉があります。患者と医療者が正しい情報に基づいて治療方法を選択していくという意味ですが今後は患者として大切なスタンスとなります。

私は2020年9月に二次がん、腎細胞がんと診断されました。この時SDMを本当にできるのかチャレンジしようと考えました。とは言え血液がんは多少勉強してきましたが固形がんは初めてです。実際最初の主治医は全摘を勧めました、全摘してしまえば再発のリスクも低いと。しかしセカンドでは部分切除でも再発のリスクは変わらないと。さて私はこの2者選択に気持ちが揺れることになりました。腎機能を維持するにはどちらがベターかなど悩みましたが最終的には後者を選びました。

要はSDMを実現するには、患者も自分の病気に対しては必要最低限の知識を持たなければいけないと認識しました。主治医の説明を理解するため、疑問をぶつけるためには大事な事です。自分の命がかかっている事ですから。

もちろん健康で一生を過ごすことが出来ることに勝ることはありません。しかしがんに罹患したことは事実です。死を身近に感じたことで生への感謝の気持ちが生じます。いかに生きるかそこを考えることが出来たことは他に変えられません。

同時の多くの人に助けられて自分が存在する事を知ります。自分の無力さに気付き人に感謝する気持ちを持つことによりものの見方が変わるのではないでしょうか。

気持ちの問題をどう整理するか患者個々にその手段は千差万別と思います。将来いつ何が起こるか分からない状況で気がついたことは英語で表現するとHope for the best, Prepare for the worst.でしょうか。

これからの医療は総合支援でなければいけないと思います。辛い人のそばで苦痛を和らげるのが本来の医療であって病気を治すことだけが目的ではないはずです。患者中心の医療を幅広く考える環境になる事を心より望むものです。


発表する田村英人さん


昭和大学リカレントカレッジ
CancerX(オンライン講座) ~がんと言われても動揺しない社会へ~

2022年秋より昭和大学にて開講している社会人のための講座です

講座内容
毎年新たに100万人が、がんになる時代。その数は、生まれてくる子どもより多い。「がん」経験者、がん患者の家族や友人、職場の同僚。立場は違えども、すべての人が、「がん」の当事者と言えるでしょう。
本講座では、Collaborate/Change/Cross Out(かけあわせる/かえられる/かこにする)を軸に、情報や経験を共有し、アイデアをぶつけ合い、イノベーションの糧にするとともに、がんと言われても動揺しない、より良い社会をめざすための基本的なスキルを提供し、新しい社会活動の糧にしていきます。

リポート監修
CancerX 糟谷明範、鈴木美慧、鎌田真寿

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