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飛行機の終息地【山の中の海軍の町 にしき ひみつ基地ミュージアム】@熊本県・錦町

海軍のひみつの眠る山。


田舎には不似合いな直線道路の先にその博物館はある。
特に田畑の中は水路や土地の所有によって真っ直ぐになることはほとんどない。
この土地は山の斜面に開墾された棚田が多いため、その平地に直線で区切られた道路はとても目立つ。
田畑に囲まれたその直線道路は、かつて飛行機の滑走路だったらしい。


このひみつ基地というなんともロマンチックな愛称がつけられたこの博物館は、人吉海軍の遺構に建てられている。
海軍航空練習生が訓練を積み、また整備チームが空撃機や魚雷を製造していた。
特に魚雷を製造していた遺構の存在は戦後70年間もひみつになっており、2015年にその存在がただの防空壕ではなく、魚雷の製造がされていたことが発覚した。
それまでは子どもたちが遊び場であり、農家の倉庫であり、ゴミ捨て場でもあった。戦争の記憶が残る人や遺族たち有志によってこの博物館は開館した。
魚雷の製造に関する事項は誰にも知られてはならないひみつ基地どころではないトップシークレットだ。敵国に渡らぬよう資料や記録の一切は破棄され、ここの使用の様子は具にはわからないため、住民や当時の人々の記憶を頼りにこの場所がどういうひみつを抱えていたかを考える。


魚雷の製造跡地は、ツルハシの跡が残る手掘りで、人の気配すら感じるようで背に悪寒が走った。
特に魚雷を配置していた箇所は誤爆しても大丈夫なコンクリートを使用していた。
誤爆しても大丈夫なのはその箇所だけで、生命は大丈夫でないのは容易に想像できる。

ガイドの女性は感情を交えずに淡々と、事実や考察、地元の人の言葉を語る。
事実を伝えるための任務を遂行しているようで、館内の遺書や戦争の形跡の残る品々の哀愁を自分の感情に関係なく伝えるその冷静さが妙に際立っていた。


夏の匂いのこの時期に、幾つもの飛行機がこの滑走路を飛んでいき、幾つもの魚雷が製造されていたのだろう。

こんなにうだるように暑い夏も、ひどく切ない。

◼️山の中の海軍の町 にしき ひみつ基地ミュージアム


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