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「正しさ幻想」はどうして生まれるのか?(その4:最終回)

 前回までで、「正しさ幻想」は脳の機能に関する思い込み「脳はコンピュータである」と学校で習う要素還元論の視点から生まれる「悪いところを探して治し、元に戻す(健康な頃の正しい運動状態に戻す)」という治療方針の双方の影響を受けているのではないか、というアイデアについて説明した。
 そしてリハビリの現場ではこの「正しさ幻想」が様々な場面で問題を起こすこともある。
 一番の問題は、「障害を改善するためには、運動のやり方や形の違いを指導して修正することだ」という思い込みだ。
 たとえば臨床でセラピストの片麻痺患者さんの歩行練習を見ていると、「脚をまっすぐに振り出して」とか「悪い方の脚で蹴るようにして」などと健常者の歩行をモデルに指導している姿を見ることがある。歩行練習とは「健常者の歩き方を指導すること」と思い込んでいるようだ。繰り返せば頭の中に運動プログラムができるはずである、と。
 「まず私がマヒを治しましたので、健常者の様に歩いてください」と指導するのならわかるが、麻痺があるままにそれを無視して達成不可能な課題を出しているとしか思えない。大事なことだが、リハビリで痲痺は治せないという事実は無視されたままなのである。
 脳性運動障害のように麻痺が治せない場合、リハビリのセラピストの役割は、改善可能な運動リソースをできるだけ改善し、それらを利用して必要な生活課題を達成するための新しい運動スキルを生み出すことを手伝って、生活課題達成力を改善することではないのか?
 それが「(達成不可能な)健常者の運動のやり方の指導」とはあまりにも現実を無視しているのではないか。
 脳卒中後の片麻痺患者さんの分回し歩行は、麻痺がある体で新たに生み出した歩行のための運動スキルである。そうすると「この分回しという運動スキルは安定して安全に移動できる範囲と速さをどの程度改善できるか?」とか「必要な生活課題達成のためにどのような改善方向を目指すか?」などの視点で見てアプローチすることが重要だろう。
 もちろん患者さんが「元の健常の状態に戻りたい」と希望することも多いが、「それはリハビリではできません。でも代わりに、今よりも安全に安定して、あるいは速く遠くに歩けるお手伝いならできます」と専門家として別の選択肢を提案することができないか?
 あるセラピストはその問いに「そう答えることはなんだか負けたような気がした。自分が生活の大きな部分を捧げてきたリハビリの仕事の限界が非常に露わになるのが嫌だったのだと思う」と答えた。
 別のセラピストは「リハビリで治るか治らないと判断する前に、インストラクターから言われた『知識と技術の未熟さ』というアイデアに囚われて自分を未熟だと責めていた。思うように効果が出ないことに苛立った。時には患者さんや周りのスタッフやご家族のやる気のなさに腹を立てたこともあった。今思うと『麻痺を治す』という目標が魅力的で夢中になっていて、効果や方法を客観的に見られなかった」と述べている。
 中にはこんなことを言うセラピストもいる。「いや、指導を繰り返すとやがて次第に健常者の歩行に近づいてくる。振り出しも以前に比べてまっすぐになっている」などと言われる。
 ただそれは別に麻痺を治しているわけではない。ある程度歩行練習を繰り返すと、股関節の柔軟性や健側を中心とした筋活動が活発になる。股関節の柔軟性が改善すれば患側下肢の振り出しは大きくなるし、健側下肢を中心とした支持性や重心移動の力も改善し、前進の推進力も上がってくる。そうすると患側下肢は筋力と言うよりは、体幹の前方への推進力で引き出されるようになり分回しからより直線的な軌道を通るようになるわけだ。
 現実に患側下肢の麻痺の状態は変わらない。口頭での指導が効果を上げているというより、運動を繰り返しているので身体のリソースと運動スキルが変化しただけであって、「健常者の正しい歩き方」ができるようになったとは言えない。少し考えればわかることである。
 まあ、運動の繰り返し、習慣化は運動変化に大事だということだ。だからセラピストはこれを効率的に行うための方法を考えていく必要があるわけだ。
 「正しさ幻想」に伴う問題は、「麻痺を治して、健常者の状態に戻す」がセラピストにとってもあまりに魅力的な目標であるがゆえに囚われてしまい、セラピストが客観的で冷静な判断を失ってしまうことではないか。
 結果、「障害とは異常な形の歩行になってしまうことで、リハビリとは異常な形の歩行を健常な歩行のやり方に戻すことである」といった具合に「障害とは形の異常で、目標はその形の修正」と「障害の理解とリハビリの目標を矮小化」してしまう。
 麻痺は治らなくても「より良い生活状態を生み出す」ことが可能であるし、それも実際には非常に難しいことだが世の中の多くのセラピストはそれをやっている。そして実際にやりがいのある魅力的な仕事であると思う。(終わり)
※毎週火曜日にはCAMRのフェースブックページに別のエッセイを投稿しています。
 最新作は「運動の専門家って・・・何?(その4)」
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