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リハビリのセラピストはプログラム説がお好き?

 脳性運動障害後のリハビリのアイデアとして、失われた脳細胞の機能を他の健全な脳細胞に再学習させて運動機能を改善・回復させようというのがあります。まるでコンピュータのように新しい運動プログラムを再学習させて、運動能力を改善させようとしているわけですね。

 このアイデアは確かにリハビリのセラピストにとっては魅力的に映るに違いないです。

 医療的リハビリに誇りを持っているセラピストにとってみると「リハビリでは痲痺は治らない」となると「なんだ、リハビリって脳性運動障害ではできることが少ないじゃんか!」ということになってガッカリしてしまいます。

 元々学校で習う要素還元論の視点では、「悪いところを治して元に戻す」という志向があるので、「脳性運動障害は治せない」となると麻痺を治せないし「元に戻せない」のでガッカリしてしまうのです。

 その点、「セラピストが脳の中に新しい運動プログラムを学習させて、運動能力を改善することができる」というアイデアは非常に魅力的ですよね。なんと言ってもセラピスト主導で麻痺を改善して運動能力や生活課題の達成力を改善する可能性があるからです。リハビリや理学療法士の社会的価値も上がろうというものです。

 ただ大事なことは、「未だに脳の失われた機能を再学習させて麻痺を治したという科学的報告は一つもない」ということです。アイデアとしては魅力的でも、治せる技術、そして治せる証拠はないのです。

 そうすると「いや、確かにプログラム説を基にリハビリをすると患者の運動が健常者の運動に近づいている」と反論してくる方がいます。「訓練開始前には明らかな分回し歩行だったが、分回しが改善してよりまっすぐに振り出せて、歩行速度も上がって健常者に近づいている」などと反論する方もいます。

 ただこの現象については別の説明も可能です。たとえばそれまでと違う形での歩行練習など全身的な運動を繰り返すと、体幹や股関節などの柔軟性が改善し、全身のそれまで使っていない筋活動がより活発になり、新たに筋力が改善したりします。

 つまり全身の柔軟性や筋力などの構成要素が変化します。当然それらを使った歩行スキルも変化します。歩幅が大きく、一歩一歩での蹴り足がやや強くなったりするわけです。それで前方への推進力が強くなり、速度も上がります。股関節も柔軟になってよりまっすぐな軌道もとれるようになっていますので、体の推進力に引っ張られて患側下肢の振り出しもよりまっすぐになってきます。そうすると分回し歩行がより健常者の歩行の形に近づくわけです。

 実際にこのような現象は、運動プログラムの考えを持たない他のアプローチでも普通に見られることです。たとえばCAMRでは、全身の柔軟性を改善した後、板跨ぎなどで様々な方向に重心移動しながら支持する練習を繰り返しますが、歩幅は広がり歩行速度は上がり、歩容も健常者の形に近づきます。だから上記のような構成要素の変化で十分説明可能なのです。

 そもそも「脳の中に運動プログラムなるものがある」というのも一つのアイデア、仮説に過ぎなません。これはプログラム説といいますが、非プログラム説(自己組織化説など)という別のアイデアと長い間対立した議論になっています。つまり現実には、僕たちは仮説のアイデアを基に色々やっているわけで、ある理論が「真実である」などと迂闊に信じてしまうのはナンセンスです。

 だから歩容が良くなったから脳に運動プログラムができたとか、運動プログラムを基にしたアプローチが効果的であるなどとは簡単に言えないのです。

 むしろ大事なのは、自分の仕事で何ができて何が限界かを客観的に判断しておくことではないでしょうか。

 デイサービスなどで「うちのリハビリでは元気な時のように歩けますよ」と回復期・慢性期の脳卒中患者さんに説明(宣伝?)しているセラピストの話をよく聞きます。そしてその結果に「ガッカリした」とか「元に戻ることはなかった」という患者さんとご家族の話もよく聞きます。これでは折角運動パフォーマンスの改善があっても、過大な希望を持たせたために失望されてしまいます。

 「今のところリハビリで麻痺が治る訳ではありませんが、現在の歩行能力を改善してより安全に、速く、遠くに歩けるようにはできると思います」と正直に説明すれば、「ああ、最初の説明通りだった」と満足していただくこともできるのです。

 実際にリハビリの仕事は一人一人の個別性が高く、不確定な要素も多く、成果を出すにも苦労することが多いと思います。まあ、それだけに上手くいったときの喜びも大きいので頑張れるわけです。

 だからできもしない夢のような話で人を惹きつけても、結局は失望されるだけです。
 リハビリのできること・できないことを客観的によく理解して、説明すること。そして問題解決に向けて工夫し、頑張ること。できないことは「できない」と正直に説明すること。しかし「他の選択肢を提供できる」ように努力し、その実現に向けて努力すること。こういったことがリハビリという職業が社会的信頼を得るために必要なことではないでしょうか。(おわり)

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