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20世紀の和声法―作曲の理論と実際;ヴィンセント・パーシケッティ

ヴィンセント・パーシケッティという名前を聞いて、「ああ、あの人ね」と思い浮かべられる人は少ないと思います。1915年生まれ、1987年没の現代音楽の作曲家・ピアニスト・指揮者で教育者ですが、残念ながら日本での知名度は高くないと感じています。

「20世紀の和声法」(水野 久一郎訳;音楽之友社(多分・・・)1963年)は私が最初に手にした音楽理論書の一冊です。高校生の頃だったと思います。(うわっ!今から60年も前の話だ。)

「作曲家になりたい~~~!!」と無謀にも思い込んで、進学校なのに一人だけ音大受験コースを歩み始めていた時期です。といっても何をどう勉強すれば作曲家になれるのかは全く分かりません。銀座のヤマハの棚に並んでいたそれらしきものをいくつか買ってきては見たものの、さっぱり分かりません。機能和声法なんてのがあって、五度の平行移動はいけないとか、いつの時代の話なんだよっていう解説なので、正規の勉強コースは諦めることにしました。当時バンドマンとして首を突っ込んでいたジャズの世界にもいろいろ理論書があって、こちらはそれなりに理解できました。そういう中で出会ったのが「20世紀の和声法」でした。

巻頭に心強い言葉がありました。
(正確には覚えていないのですが)和音はどの音の組み合わせでも良い。和音の進行には何の制約もない。
・・・普通和音といえば三度構成の和音のことを思い浮かべますよね。トニック・サブドミナント・ドミナント。ズージャならCmaj7-Dm7-G7-C6みたいな。パーシケッティはその前提からひっくり返してくるのです。十二音技法のようなしちめんどくさい決まり事も一蹴します。

要は、自分がいいと思った音を使えば良い、ということじゃないかと。

ただし。自由であることはそれなりの代償を支払う必要があるわけです。何か?

もろに自分の感性が試されるということです。

本文に入って、まず基本的なことの説明があって、各章ごとに課題が示されているのですが、それがえぐい・・・たとえば「三本のフルートための嵐のようなフレーズを書け」みたいなことを言われます。例に使えるような音型の説明などどこにもないのです。

アメリカの音楽教育の質の高さを痛感したものです。

で、それを徹底的に研究して自分の音楽に役立てたかというと、そんなことはなかったわけです。バンドで食うことに精いっぱいで、実験的な作品を作ってどうこうとかいう余裕はありませんでした。仮にオケ用に何か曲を書いたとしても、それを実演する手段はないのです。オケを使うにはどれくらい費用がかかるか・・・コンクールか何かに応募して運良く入賞できれば、演奏の機会もあるかもしれませんが。

貴重な本は(今調べたら絶版らしく、中古でも3万円以上するらしい;)半世紀ほど、ずっと私の本棚に眠っていました。あるとき友人の作曲家が家に遊びに来た時に、自分が持っているよりは才能のある若手に読んでもらった方がいいと思って、気前よく上げてしましました。役に立ってるといいんだけど。

Youtube漁っていたら、海外のアーティストの何人かがパーシケッティを取り上げている動画に出会いました。中には本書に提示されている例題をDAWで再現して公開しているものもあって、もしその当時これがあったらずいぶん違っていただろうなと思いました。

ともかく、なんか旧友に再会したような気持ちで嬉しかったです。本を買った当時は、それについて話せる人間は周りには一人もいなかったのです。

ああ、やっぱり自分の選択は正しかった、と安堵しました。

とはいうものの。

「20世紀の和声法」を読んだことが、何かしら自分の音楽に役立ったということはなくて、ただただ巻頭の言葉に勇気をもらっただけのことでしたが。

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