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いま聴いている人はほぼいない、90年代の名盤10選

いま聴いてる人はいないかもしれませんが

若い音楽好きのみなさん方は、90年代の音楽ファンは当時、こぞってニルヴァーナやオアシス、レッチリやレディオヘッドばかりを聴いていたとお思いでしょう。一応それなりに聴いてはいたのですが、他にもバンドはいろいろとあったわけです。まだインターネットもなく、音楽雑誌で情報を得ていた時期でした。有名どころでいえば、マッシブ・アタックやアンダーワールドなんかもCDを買っていましたし、トライブ・コールド・クエストやウータン・クラン、ディアンジェロあたりも楽しく聴いていたわけですが、それ以外の音楽も山ほどあった。「そういえばあったなあ」というバンドやシーンが数多く存在していたのです。かつては情報が少ないし、試聴もしにくかったので、あてずっぽうでCDを買ったりしていた、のんきな時代です。「あてずっぽうでCDを買う」って、いまじゃ考えられない、めちゃくちゃな行為ですけど、みんなそうしていました。

旧譜ディスクガイドは多々あるけれど、メジャーアーティストばかりが目立ってしまっている印象です。いま、若い音楽ファンが旧譜を聴こうとしても、実は意外にたどりつけないミュージシャンや楽曲があるんじゃないか。そんな気持ちから、2020年代には特に言及されることもなくなったけれど、90年代、実はこのアルバムが大事だったんじゃないかという作品を、個人的な感覚で10枚選びました。有名なアルバム、後世まで語りつがれる人気作品だけでは感じ取れない90年代を、これらの音楽から想像してみてください。私はこんなアルバムが好きで、繰りかえし聴いていたのでした。そしてこの記事を読んだ方は、アルバムを聴いた感想を私に教えてくださると嬉しいです。

Momus “The Ultraconformist”(1992)

イギリスのソロアーティスト、モーマス。80年代後半から活動を始めていて、現在にいたるまでほぼ毎年アルバムを出しているがんばり屋さんです。続けるって立派よね。初期はアコースティックなサウンドを志向していましたが、90年代にはダンスミュージックにも傾倒していきました。本作 “The Ultraconformist” は「擬似ライブ盤」という妙な作りで、曲のあいだにわざとらしい拍手が足されていたりするのですが、このアルバムにおけるモーマスの歌声、メロディの切なさには特筆すべきものがあります。わけても “Last of the Window Cleaners” のサビ部分、「but the times are bad for window cleaners…」で感じる浮遊したメロディには夢中になったものです。聴くと別世界へ連れていかれそうになる感覚が、このアルバムにはありますね。

Galliano “In Pursuit of the 13th note”(1991)

当時、アシッドジャズという音楽が流行っておりました。このアシッドジャズというのがくせもので、その頃は私も夢中になったものですが、いま聴くとどうしても古く感じてしまいます。あんなに好きだったのに、あらためて聴くと恥ずい。ヒップホップやグランジはいまでも聴けるのに、アシッドジャズだけは結構キツいのです。そんな中、アシッドジャズの範疇に含まれていたガリアーノだけはいまだに聴けるし、きちんとカッコいい。これはなぜでしょうか。サンプリング、引用を中心に組み立てた音楽マニア的な曲構造、DJの発想がよかったのかもしれません。アシッドジャズのシーンは、楽器の上手い、ミュージシャンシップの高い人たちが中心でしたが、それが逆に陳腐化の原因になってしまっているような気もします。楽器ができる、楽譜が読めるってのも一長一短ありますね。“Welcome to the Story” のイントロの心地よさ、開放感などみごとです。レゲエやラップなどを自由に取り入れたサウンドもイギリス的でGOOD。

They Might Be Giants “Apollo 18”(1992)

アメリカの2人組ポップデュオ、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ。1982年から長いキャリアを継続中の、ジョン・フランズバーグとジョン・リンネルがメンバーです。同時期のバンドにR.E.M.(1980年デビュー)がおり、両方とも当初は冗談みたいな音楽をやる、ふざけた学生バンドとして出てきたのですが、その後R.E.M.は超シリアスな方向へ転換してビッグになった一方、TMBGはコントっぽさを捨てずに地道な活動をしています。人生いろいろ。4枚目のアルバムである本作は、彼らのコミックソング/ノベルティソング的な軽さ、笑いの要素がポップに昇華された最高傑作です。回文ソング、謎のコラージュつぎはぎ曲、平均2分半の楽曲が次々に押し寄せる “Apollo 18” は、私にとって90年代を代表する作品でした。その後、彼らはアルバムの売り上げが低迷しますが、方向転換してキッズソングを歌うグループとしてしぶとく復活。「なんで太陽は輝くのかな、それは太陽が発光するガスのかたまりだからだよ」と子どもたちに歌って大人気となり、アルファベットや算数を覚える歌をうたいながら、いまでもキッズコンサートをがんばっています。今回の紹介でいちばんのオススメ盤です。

Beats International “Excursion on the Version”(1991)

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このアルバムはサブスクで聴けないのですが、その後の音楽の聴き方を含めて本当に影響を受けました。Fatboy Slim で大人気になるノーマン・クックのレゲエ・プロジェクトですね。とにかくポップで聴きやすい。本場のレゲエの良質な部分だけをすくい取って、誰にでも聴きやすく伝わりやすいサウンドに仕上げている。もうクラブでもかかりまくりで、うおーっと盛り上がったものです。これぞイギリスのダンスミュージック。ラガマフィン、ブレイクビーツ、ハウス、これらのビートにジャマイカンレゲエの有名フレーズや定番ベースラインを次々乗せていくノーマン・クックのスタイルは、その後の Fatboy Slim を予感させます(その前に Freak Power という別名義での活動もあるのですが)。とにかく元気、勢いだけはやたらあるのがいいところ。同じイギリス発のレゲエとして、Rebel MC “Black Meaning Good”(1991)とどちらを選ぼうか迷ったのですが、こっちにしました。

Jellyfish “Split Milk”(1993)

このバンドも、いま聴く人少ないんじゃないだろうか。映画の影響でクイーンの人気が再燃しているいま、ジェリーフィッシュはぜひ聴いてほしいバンドです。ほとんどクイーンのコピーバンドではないかというほどに、クイーン風味のオリジナル楽曲が連発する本作、日本では「こぼれたミルクに泣かないで」というかわいらしい邦題がついてリリースされていました。いずれの楽曲もクオリティが高くて、さんざん聴いたのを覚えています。スタジオ録音ならではの、たくさんの楽器やコーラスを重ねた厚みのあるサウンドも凝りに凝っており、聴き込むほどに「あっ、この曲のブレイク部分ではすごく小さくオルゴールの音が鳴っているな」といった発見があるのも好きでした。またライブ中、ドラムがなぜか立って叩くというのも印象的で、椅子に座ればいいじゃんと思った記憶があります。メロディもいいし、演奏もすばらしく、聴いたらたいていの人はハマると思いますね。

DOOPIES “Doopee Time”(1995)

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90年代が豊かだなと思うのは、ヤン富田のような音楽家がメジャーレーベルからCDを出し、音楽活動ができていたことです。いまもう、絶対ムリですよね。そんな余裕ない。人間の脳波の信号をシンセにつないで楽曲を作ったり、ジョン・ケージの「4分33秒」をカヴァーしたりと、やりたい放題だったヤン富田ですが、彼がメジャーなポップフィールドで活動して支持を得ていた事実には嬉しい気持ちになります。本作は、キャロライン・ノヴァックとスージー・キムというふたりの女の子をボーカルに起用したという設定の、架空のガールズユニットアルバム。ヤン富田がすべてを手がけています。リードトラックの “Doopee Time” はたしか当時、ダウンタウンの番組のテーマ曲になっていたような気がします。アルバムはオールディーズのカヴァーに混じって、レコードの針飛び音や、シンセの発振音などの実験的な楽曲が含まれ、聴き手を驚かせつつ楽しませます。サブスクにヤン富田の音源はありませんが、CDを探してでもぜひ聴いていただきたい音楽。ヤン富田のシグネチャであるスティールパンの響きを中心としたアルバム、Astro Age Steel Orchestra “Happy Living”(1994)の楽しさも捨てがたいのですが、今回はこちらを選びました。

Arrested Development “3 Years, 5 Months and 2 Days in the Life of...”(1992)

これはラップですね。初めて聴いたときびっくりした。ラップは基本、不良がやるものだと思ってたし、鉄砲で人を撃ったとか、ぶっとい大麻を吸ったよ、みたいな話をするのが決まりだと思っていました。もちろんデ・ラ・ソウルのような、カウンターとしての文化系ラップはあったのですが、アレステッド・ディベロップメントはさらに一歩進んだ、無印良品っぽいナチュラル感のあるグループで、彼らの登場は実に新鮮でした(あきらかに個人の感想です)。なにしろ歌心がある。自然な高揚感がある。決定的に新しいと感じたのです。わけても、スライ・ストーンを引用した “People Everyday (Metamorphosis Mix) ” は最大の衝撃で、なんちゅうカッコいいトラックなんだと仰天しました。原曲よりリミックスの方が圧倒的によくて、リミックスが定番になっているパターンです。ラップの歴史をさかのぼる方は、アレステッド・ディベロップメントのこの感じをうまくつかめるだろうか。

Nick Heyward “Tangled”(1995)

ニック・ヘイワードは、もともとヘアカット100というグループにいたボーカリストでした。在籍中にはヒット曲「好き好きシャーツ」(1981)も生まれましたが、なんで「シャーツ」って伸ばすの? という疑問はありましたよね。当時から。その後グループを脱退してソロ活動を始めた彼ですが、ソロアルバムがどれもいいんですよ。“From Monday to Sunday”(1994)は多彩な楽器を駆使したメロディアスな曲が楽しめる人気アルバムなのですが、今回はギター中心でまとめた “Tangled” を選びました。編成がシンプルな分、歌詞やメロディのよさが際立ってくるんです。もっとも好きなのは “Blinded” の「All my life I’ve been so blinded」(僕はいままで、ずっと何も見えていなかった)という歌詞で、私は人生でなにか失敗をするたびに、このフレーズが脳内に鳴り響いてしまうのです。決してムリに男らしくふるまわない、弱さやナイーブさも自然に表現できているのも、ニック・ヘイワードのいいところ。私はとにかくマッチョな音楽が苦手なので、彼のサウンドはとてもしっくり来るものばかりでした。これは何度も何度も聴いて、全曲が耳にしっかり残っているアルバムです。

Towa Tei “Future Listening!”(1994)

テイ・トウワ。ディー・ライトというニューヨークの音楽グループのメンバーで、海外で活躍した後に日本で音楽活動をしています。この方、現役ですので名前を知っている方も多いと思うのですが、彼のファーストアルバムは個人的にかなりビックリした作品でした。とにかく音の作りが細かい。ダンスミュージックのアルバムはいろいろ聴いていたのですが、こんなにていねいに、たくさんの音を重ねながら最高の気持ちよさを作り出す人がいるものかと思ったのを覚えています。繰りかえし聴くのに耐えうる作品、職人的な技を感じさせるアルバムといいますか……。その後のソロ活動も非常に充実しており、どの作品もいいですし、どれも好みなのですが、最初のソロアルバムである本作は、彼の「細部まで完璧に行き届きいた、職人級の激こだわりダンスミュージック」に初めて出会った驚きという点で記憶に残る作品です。いまではダンスミュージック全体のクオリティが上がって、このレベルのこだわりはごく一般的になっているため、聴いてもなぜ画期的なのかは伝わりにくいかもしれませんが、当時はすごかったのよ。

Aimee Mann “Magnolia (Music from the Motion Picture) ”(1999)

映画『マグノリア』(1999)のサントラ盤。女性シンガー、エイミー・マンの楽曲で構成されたアルバムです。エイミー・マンはティル・チューズデーというバンドで活動した後にソロになるのですが、90年代は彼女の音楽性が開花した時期であり、『マグノリア』の監督だった若き天才、ポール・トーマス・アンダーソンを強くインスパイアしました。このアルバムは、映画監督とミュージシャンがもっとも幸福なかたちで出会った、理想的なコラボレーションであると思います。映画もすばらしいのですが(私が全人生でいちばん好きな作品です)、エイミー・マンの楽曲なくては成立しないほどに、映画と音楽が融合しているのがこのアルバムです。当時は毎日聴いていた記憶があります。エイミー・マンの声がかき立てるイメージの豊かさによって『マグノリア』はより完成度を高めており、ストーリーと楽曲のわかちがたい一体感が、いまだに私を揺さぶりつづけます。ぜひ映画も見ていただきたいですし、その後にこのサントラを聴けば、さらに感動は深まるように思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。渋谷クアトロにライブを見にいった Urban Dance Squad も入れたかったな、Soup Dragons のお気楽さも捨てがたい(ひさしぶりに聴いたら能天気すぎてさすがにヤバかった)、Popinjays の素朴なボーカルも紹介したいぞ、などと迷いつつのセレクションでした。あっ、Limbomaniacs も入れておくべきだったか? この選択でいいのか自分でもよくわかりませんが、当時の音源を聴き直すとあれこれ思い出して楽しいですね。やはり90年代は音楽を聴くのにお金がかかっていた最後の時期だったことが、音楽との接し方において重要なのではないかという気がします。いま、月1000円で足りてしまいますからね。長々と読んでいただき、ありがとうございました。

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