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『アムステルダム』と、人生は美しい

生きていることのよろこび

生きていることのよろこびに満ちあふれたようなフィルムだった。日々の何気ない会話、かけがえのない友人、自由な時間、歌や踊り。そのありがたさをつい忘れてしまいそうになる、人生のさまざまな瞬間の美しさが、劇中にぎっしりと詰め込まれた『アムステルダム』に、最初から最後まで夢中になってしまった。すばらしい作品である。デイヴィッド・O・ラッセルの新作は、第一次世界大戦を舞台にした、ミステリー的要素を持つ物語だ。

舞台は1930年代のアメリカ。第一次世界大戦へ従軍していた主人公の医師バート(クリスチャン・ベール)と、その友人の弁護士ハロルド(ジョン・デイヴィッド・ワシントン)は、同じ隊で戦った仲間であった。ふたりは終戦後も行動を共にしていたが、ある日、軍で世話になった男性の不審死を知る。男性の死に疑問を持ったふたりは、事情を調べようと行動を開始するが、やがて彼ら自身もつけ狙われるようになる。不審死の裏には、何か巨大な秘密が隠されているようなのだ。物語は、第一次世界大戦の戦後と戦中の時間軸を行き来しながら、不審死につながる謎の組織へと近づいていく。

しあわせな人びと

魅力的な登場人物、会話と表情

ミステリー的なプロットや、物語後半に隠された秘密が少しずつ明らかになっていく過程のおもしろさはもちろんあるのだが、ひとまずそこは措いておこう。謎解きはあくまで、物語を進めていくための方便である。登場人物が語り、歩き、他の人物と出会い、コミュニケーションする様子。そのすべてが途方もない魅力で撮られていること、それじたいに圧倒されてしまうのだ。中心となる3人、バート、ハロルド、そしてヴァレリー(マーゴット・ロビー)の関係性もさることながら、劇中で彼らと関わっていくふたり組の愛鳥家、名家であるヴォーズ家のクセのある夫婦、主人公をつけ狙う警官、大いなる戦果を上げた将軍、こうした人びとが織りなすタペストリーのような人間関係にただ見惚れてしまう。会話、所作、表情、コミュニケーション、どれも胸躍るものばかりだ。

あとからふりかえったとき、とてつもなく輝いて見える場面があること。だからこそ、いまこの瞬間を大切に、目の前にいる相手を大切にしながら、日々を慈しんで生きていく必要があること。こうして文章にしてしまうと気恥ずかしいが、『アムステルダム』が作品を通して訴えかけてくるのは、毎日の生活にはさまざまな輝きが潜んでいて、目を凝らせばそれが見えてくる、というメッセージに尽きる。そこにあられもなく感動した私である。こんな風にまわりの人たちとコミュニケーションを取りながら生きていけたらどんなにいいだろうと、作品を見ながら思った。

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