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『あの頃。』と、アイドルについて私に教えてください

アイドルファンってどんな人たち?

映画『あの頃。』は、アイドルグループ「モーニング娘。」のファンである主人公の劔(つるぎ/松坂桃李)が、同好の士と出会い、グループの応援に夢中になっていくなかで、ファン仲間との友情を深めるというあらすじです。私はいままでにアイドルを応援した経験がなく、どのようなきっかけでアイドルにハマっていくのか、どういった心理でアイドルを応援するのかをわかっていませんでした。この映画を見れば、アイドルファンの心が知れるのではないか? という思いで劇場へ。以下、アイドルファンからすればわかりきったことかもしれませんが、感想です。

もっとも印象的だったのは、「アイドルを応援する行為」そのものよりも「アイドルを通じて知り合った仲間との関係性」を主軸とする構成でした。まずは身近な仲間ありき、なわけです。なるほどそうか。アイドルはとても遠い場所にあって崇拝の対象であり、近くにはファン仲間がいる。アイドルと仲間、どちらか片方だけでは成立しない。この構図には大いに納得しました。そのためアイドルは、友だち同士が集まって一緒の時間をすごすためのツール、待ち合わせのための目印に近いものでもある。「ハチ公の前で集合」にも似て、「モーニング娘。の前で集合しよう」と呼びかけて仲間たちが集まってくるのです。他のアイドルファンも、きっとそうなんでしょうね。

アイドルを通じて深まる友情

劇中のアイドルファン集団「恋愛研究会。」は、みな非常に仲がいい。私は個人的に、男性同士で気軽に連絡を取ったりできないし、会って話したりすることが本当に苦手な性格なので、こうした青春っぽい関係性は率直にうらやましかったです。私、怖くて男性に連絡取れないんですよね(単に性格が暗いだけなのですが……)。劇中の登場人物は、基本的に他者とコミュニケーションを取るのが好きな人たちで、そこがよかった。心根(こころね)がやさしい人たちだと思います。劇中、アイドルという共通項で登場人物たちは密接につながることができるし、イベントを開催したり、バンドをやったりと、思いもよらない方向性が開けてきます。個人的にも、こうしたきっかけがポジティブに描かれる展開は好きでした。

また安心したのは、アイドルを応援する男性同士に、悪質なホモソーシャルのノリがあまりなかったこと。まったくゼロだったとはいいませんが(とある女性をめぐる争奪戦のくだりは多少心配でした)、アイドルを応援する気持ちが純粋だったのが実によかった。わけても、男性同士で一緒に銭湯に行く場面が繰りかえし描かれたのは重要だと思います。男友だちが一緒へ銭湯に行くというのも、よっぽど仲がよくないとできないですからね。ホモフォビアの克服、などと書くと大仰ですが、共に銭湯で汗を流せる男友だちは、いい友だちだと思います。「おならを食べる」シーンも、平和かつ無害で悪くないです。

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啓示の瞬間

私がもっとも知りたいと思っていた「主人公がアイドルにハマるきっかけ」についての描写は、作品冒頭です。主人公が、友だちからもらったアイドルのDVDを見ながら落涙するその場面は、ある種の啓示であり、説明不能な、名状しがたい衝撃として描写されます。とてつもない何かに触れ、理由はわからないが涙が出てくる。ここは説明不能であることが大事な場面で、こうした感情は自分なりの経験に置き換えて考えるほかないのかもしれません。この場面に「わかるぞ!」と納得できる人こそがアイドルファンである、というような、かなり重要なシーンでもあります。

私にこのような瞬間はあっただろうか? ある人物の存在そのものに揺り動かされ、仰天するような瞬間が。試しに私はこのシーンを、中学の頃に好きだったテレビ番組「ベストヒットUSA」で、司会の小林克也が流暢な英語を話すのを見たときの驚きに置き換えてみました(彼の英語にすごくびっくりしたのです)。すなわち主人公にとっての「あやや」は、私にとって「かつや」になるわけですが、この置き換えで正しいのかどうかはちょっと確信が持てません。アイドルファンがみなこの主人公のような「啓示の瞬間」を経験しているのかどうかも、ぜひ教えてもらいたいところです。個人的には、何かに目覚めた人びとが多数集まってくる、という図式は、18世紀アメリカの「大覚醒運動」(The Great Awakenings)のようだという印象を受けました。

これからのアイドルについて

ここからは、映画とはあまり関係のない、アイドル一般についての話になります。つい最近ですが、とあるアイドルの女性が男女交際している様子が週刊誌に撮られ、その女性がグループを脱退するできごとがありました。しかし、なぜ男女交際が許されないのかよくわからない。好きな相手がいるのならお付き合いすればいいし、それがアイドルをやめさせられる理由にはならないとしか思えなかった。人を好きになること、交際することを禁じる権限のある人など、この世にひとりもいません。こういったできごとを、アイドルファンはどうとらえているのでしょうか。かつては男女交際が発覚して頭を丸坊主にしたアイドル女性もいましたし、過酷なダイエットを強制されたアイドル女性のブログを読んだこともあります。こういった時代錯誤を認識しながらアイドルファンを続けるのは、ちょっとつらいような気がします。アイドルをひとりの人間として認めないことでしか成立しない、いびつな娯楽のように思えてくる。

『あの頃。』の劇中では、20歳のアイドルがグループを卒業する場面がひとつのクライマックスとなっています。どうして20歳で卒業しなくてはならないのか、私はアイドルファンではないので理由がわからなかった。もちろん、本人にやめたいという気持ちがあれば別ですが、ローリング・ストーンズみたいに残りたい人は残って、同じメンバーでずっとやっていけばいいと思う。身も蓋もない疑問かもしれませんが、なぜアイドルは一定の年齢でやめるようなシステムになっているのでしょうか。40歳でも50歳でも、続けていいと思うんです。表現に深みが出てきて、もっと応援したくなるんじゃないだろうか。10代の子どもをあっという間に消費して、放り投げてしまうようなやり方には疑問があるし、そのあたりアイドルファンはどう折り合いをつけているのか、それも知りたいと思いました。

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