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『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』と、お互いに対してエクセレントであること

ごくたまに、映画を見ながら、自分が無条件で許されているような気持ちになることがあります。悔やむべき過去、さまざまな失敗、過ぎてしまった貴重な時間、そうしたあれこれをすべて許容してくれるような……。『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』(2020)はまさにそのような映画でした。ふたりがおどけてギターを弾くジェスチャーをする、1 作目からのお決まりポーズを見ただけで安心し、「この映画は私を許してくれている」と感じて嬉しくなるのです。

モットーは「他者に対して品位を保つ」

『ビルとテッド』シリーズの何が、これほどに私を安心させるのでしょうか。まず何より、’Be Excellent to Each Other’(お互いに対してエクセレントであれ)という彼らのモットーが挙げられます。この美しいキーワードが登場した時点で、すでに物語として完成されているので、映画そのものをおしまいにして、さっそくエンドクレジットを流してしまってもいいほどです。

本作では、単に ‘Be Excellent’ なだけでは足りず、「エクセレントさ」が他者との接し方についての規範('to Each Other')であることが重要なのです。他者に対して、われわれは品位を保たなくてはならない。各自が、他者とできるだけエクセレントに接するよう心がけることで、世界はよりよい場所になると彼らは考えます。そしてまさしくそれ以外に、この世界をよくする方法はないのです。

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1989年の時点ですでにエクセレント

ビルとテッドはやや幼稚ではありますが、他人に対してはつねにやさしい態度を保っています。およそ30年前の映画の続編が製作可能なのも、映画そのものが持つ寛容さ、メッセージの普遍性あってこそです。男性同士が集まったときに起こりがちな、女性に対する侮蔑的な態度がないのも安心できる。女性に対しても、歴史上の人物に出会ったときも、ふたりはつねにエクセレントな態度であり続けます。

『ビルとテッドの大冒険』は1989年の公開ですが、その時代に「男の子ふたりが主役の物語」を作って、なおかつ有害な暴力性や攻撃性を回避できているからこそ、価値観が大きく変わった現代において続編が生まれたといえます。’Be Excellent to Each Other’ は、それほどに先見性があり、なおかつ普遍的なメッセージではないでしょうか。

「時間」に対する重み

映画のストーリーには定型があります。電話ボックス型のタイムマシンを利用して過去へ行き、危機を救うために歴史上の偉人の力を借りるというものです。最新作もまた、同様のフォーマットに沿って進行していきます。ビルとテッドには、世界を救うために必要な「究極の1曲」を作る使命がありますが、彼らのバンドは行き詰まり、長い低迷のさなかにあります。曲は完成せず、夫婦関係にも困難を抱え、愛する家族との別離の危機が迫ります。ビルとテッドは、もはやかつての無邪気な音楽好きの高校生ではないのです。

「時間」はシリーズを通したテーマですが、本作における時間は、過去2作とは違った重みをもって彼らに迫ります。しかし、彼らのたぐいまれなる陽気さ、「こっからこっから」という精神がまぶしく輝くとき、劇場の座席でスクリーンを眺める私は、映画が私自身をすべて許してくれているような感覚をおぼえ、しばし幸福な気持ちにひたるのでした。

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