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高橋幸『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど』(晃洋書房)

「ポストフェミニズム」ってなに?

社会学者・高橋ゆきの著書『フェミニズムはもういらない、と彼女は言うけれど』(晃洋書房)は、「ポストフェミニズム」について論じた本である。正直に言うと、本書を読むまでこの言葉を知らなかった。ポストフェミニズムとは、同書の「はじめに」で解説されている通り、「現代社会においては男女平等がある程度達成されたので、もうフェミニズムは必要ない」という主張を指している。こうした考え方は危ういと思うが、なぜ女性の側からポストフェミニズムが主張されるかが、本書を通じて探求されるテーマだ。検討されているトピック、たとえば『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)論や、ゼロ年代女性ファッション誌における「モテ」の強調などを通じて、著者は「女性によるフェミニズム不要論」にはなにか切実なものがあるという当初の予感を、データや調査を通じて裏付けていく。発見と学びの多い、とてもいい本だった。

個人的な話になるが、勤務先の同僚女性(1990年代生まれ)何人かと雑談をしていて、男性芸人の性加害や、未成年と関係を持って謹慎になった問題、男性YouTuberの女性スキャンダルなどについて話すと、「身分証明を偽造する女性が問題だ」「化粧をすれば未成年とはわからない」「自分勝手な女性が、男性たちのグループの和を乱した」「だまされた男性が気の毒」などと、女性に責任があるような意見を口にするのが不思議だった。どうして男性の側をかばうのかがよくわからなくて、「えっ、男の方が悪いと思いません?」と聞いてみるのだが、そうは考えないとのことだった。ひとりの女性はハロープロジェクトのファンなのだが、グループを出た後にフェミニズムや政治に接近していった和田彩花について「何をしたいのかわからない」と話していたのも印象的だった。本書では若年層の保守化が論じられており、個人的にも(母数が少ないので雑感になってしまうが)若年層の保守化というのは実際にあるのかもしれないと感じていたところだった。

フェミニズムが達成してきたこと

フェミニズムが女性の自由な恋愛や性を後押ししてきた、という1~3章の見立ては納得するところが多く、フェミニズムが実際に何を成してきたかが提示され、理解できるのがよかった。わけても「女らしさ」をフェミニズムがどう扱ってきたかは、個人的にも響くトピックであった。また「2000年代後半以降、フェミニズムのバックラッシュが起きて、若者が保守化した」という4章以降の日本のフェミニズムについても、実際に90年代からの価値観の変遷を直接に感じてきた世代としては、「たしかにそうだった」と思える内容だった。こうしたなかでフェミニズムが果たした役割を伝えてくれているのが、本書のよさだと思う。

フェミニズムが現代社会になお残る女性への不利な待遇を告発することで、ポストフェミニストたちは「女性」にまつわる無力感や不条理感、「女性であること」への不安を喚起させられるために、フェミニズムを避けようとしているように見える。この場合、不快感を向けるべき相手は、女性差別的な社会構造を明らかにするフェミニズムではなく、そのような社会構造そのもののはずなのだが。

また強く印象に残ったのは、男女がもっとも性的に積極的だったのは90年代だと解説されている点である。当時を経験した者として言うと、本当にその通りで、90年代の若者の性愛に対する途方もない貪欲さはなんだったのかと、いまだに不思議でしかたがない。あの時代はどうなっていたのか。登山とか、将棋とか、他に楽しいことはなかったのだろうか。現代の若者はとても落ち着いているし、獣のような野蛮さがなくなってスマートだとつくづく思う。90年代の恋愛は、混沌としたジャングルさながらであった。

女性ファッション誌の読み解き

本書いちばんの読みどころは、女性ファッション誌『Can Cam』を読み込んだ著者が、雑誌で扱われる「モテ」の概念を研究した5章ではないか。実にユニークなアプローチである。ゼロ年代の『Can Cam』は「モテ」を強調することで記録的に部数を伸ばし、蛯原友里というアイコンを掲げて大成功したのだが、その読み解きは興味ぶかい。わけても、雑誌ではあれほどにモテを強調しつつも、実際に具体的な恋愛指南(男性にどうアプローチするか等)はほとんどしておらず、メイク、ヘア、ファッションのみを紹介しているというところが意外であった(私の好きな神崎恵は、著書ですごく細かい恋愛指南をしている。90年代の恋愛シーンを知っている人だからだろうか)。くわえて、こうして「モテ」に邁進しても、最終的な自己評価を他人に依存しなければいけない構造上、精神的に不安定になり、生きづらくなるので推奨できない、という著者の視点にも優しさを感じたのであった。

本書を通して読んで気づいたのは、私はフェミニズムの歴史をまだよくわかっていない、という点で、第二波フェミニズム、第三波フェミニズムなどのワードについても、具体的なイメージが湧かなかった。フェミニズムの歴史をちゃんと学べるような本を探して読みたい。これらは今後の勉強の課題である。また著者は、現代の若い女性について「女性たちはより性的に過激と見える方向へと女磨きを加速化させている」傾向があり、その結果「性的役割が維持・強化される」ことを懸念している。この点にも好印象を抱いた。かかる指摘は、日々SNSを眺めていると「まさしくそうだ」と感じるものであって、こうした過激化に対してフェミニズムはなにができるのか、という視点にも興味を持った。全体的に、もっとフェミニズムの本を読みたいと意欲をかきたててくれる1冊であった。

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