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『チョイト姐さん 思いで柳』と、二度と戻らない愛

シネマヴェーラの特集上映「秋の新東宝祭り」で上映された、1952年のモノクロ作品。関千恵子と高島忠夫(高島は本作が映画初主演だとのこと)が若い恋人どうしを演じる歌謡映画。

愛を誓い合った若いふたり

『チョイト姐さん 思いで柳』(1952)は、芸者の豆千代(関千恵子)と、彼女と幼なじみでいまは恋人同士の信一(高島忠夫)の愛情を描いた作品です。本作には、芸者がお座敷で披露する歌や踊りを映画館で追体験できるというセールスポイントがあり、三味線を弾き、歌う場面も多く盛り込まれていました。「歌謡映画」と呼ばれるジャンルになるようです。なるほど当時はこういった作品に需要があったのだなと、発見がありました。当時の社会風俗を写したフィルムとしても実に興味ぶかい。

物語は若い男女の恋愛を描いています。愛を誓い合った豆千代と信一でしたが、学校を卒業した信一は医者となり、研修のために遠く離れた土地へ移ります。遠距離恋愛を不安に思う豆千代。やがて信一には大病院の娘との縁談が持ち上がり、豆千代にもお座敷に通う裕福な男性からの求婚があります。医者として社会的地位が上昇した信一の周囲では、「芸者との結婚では世間体が悪い」と、豆千代との関係に反対する者も現れます。ふたりは愛を貫けるのか……というのが本作のあらすじとなります。

自暴自棄の果てに

本作で秀逸なのは、芸者との結婚を快く思わない信一の家族からの反対にあい、自暴自棄になる豆千代の姿でした。これは本当に胸が痛くなるほど悲しい演技です。信一は純粋に豆千代を愛しているのですが、芸者を卑しい職業だとする彼の家族の反対で、豆千代の心は折れてしまいます。信一が求婚しようと豆千代を訪ねると、自分は芸者なのだから話をしたければ金を払ってお座敷に来い、とにべもないせりふで彼を冷たくあしらいます。心のなかでは愛されたいと悲鳴を上げながら、医師と芸者は不釣り合いだと思い込んだ豆千代は信一に劣等感を覚え、意に反して突き放すような態度を取ってしまうのです。非常に切ない場面です。たしかに「卑しい仕事だ」と言われてしまうと、素直になることが難しい。

劇中で語られるように、一度失われてしまった関係は二度と戻らない。だから本当に大切な相手がいるのであれば手放してはいけないのだ、というまっとうなメッセージが伝わってきます。年齢とともに、こうしたごく当たり前のテーマが身に沁みるように感じられてくるようになった私です。また、どれだけ豆千代に冷たくあしらわれても彼女を赦し、笑顔で「いいんだあ」と伝えられる信一の優しさ、寛容の態度もまたすばらしい。失いたくない相手に対してつれない仕打ちをしてしまう豆千代の悲しみが、たいへんよく伝わってくる脚本でした。最後はめでたくハッピーエンドとなり、なぜか突如としてやぐらが登場、和服姿の女性がたくさん並んで、みなが元気に盆踊りをおどって締め括るといういくぶん唐突な終わり方も、歌謡映画らしいエンディングで印象に残りました。

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