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デイヴィッド・リンチ/クリスティン・マッケナ『夢見る部屋』(フィルム・アート社)

デイヴィッド・リンチの自伝。本人が関わり、704ページというボリュームで語られる映画作家リンチの人生。知らなかった事実や意外な人間関係が明かされる、発見の多い内容だった。また本書は、構成も実にユニークである。まずは共著者クリスティン・マッケナが、評伝として客観的な背景や事実を読者に伝え、その後、同じ経験をリンチ本人がパーソナルな視点から語っていく。彼のフィルモグラフィや人生経験について、異なる視点から2度語られるというのは新鮮な手法だと思う。

特に興味ぶかかったのは『デューン/砂の惑星』('84)に関する記述。本書でリンチもはっきり認めているように、本人の納得がいくクオリティに達せず、興行的にも失敗してしまったフィルムである。『デューン/砂の惑星』は、私にとっての初リンチであった。まだ映画のことを何も知らない中学生だった私は、デイヴィッド・リンチが誰かなど当然把握しておらず、「すごく大きなミミズみたいな怪獣が砂の中から飛び出てくる映画があるらしい」というだけで、何だかすごそうだと映画館へ足を運んだのであった。子どもの私は、それなりに楽しんだ記憶がある。

成功よりも失敗の話がためになる。正直なところ、いちばん読みたかったのは『デューン/砂の惑星』の記述であった。同作失敗の原因は、原作を尊重しすぎたあまり、映画化する際に必要だった適切な省略や改変が行われなかったことにあると本書では述べられていた。なるほど。これって悩ましい問題ですよね。数ある素材のうち、どの部分を活用し、どれを外すか。創作という作業全般に関わる問題かもしれない。失敗がなぜ起こったか、失敗の経験がその後にどう影響したか、といった記述も正直で実にいい。作品の最終編集権を自分自身で持てなかった点も悔やんでいた。あのリンチだって失敗するんだなと、少し安心してしまった。

成功については淡々と語り、失敗については率直に分析するリンチの姿勢は好ましい。「映画は2度死ぬ」とリンチは言う。興行的な死と、クオリティの死。『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の7日間』('92)も商業的には失敗したが、本人は内容については満足しているため「1度しか死んでいない」らしい。それでいいのだ、2度死んではいないのだからと彼は説明している。この考え方は実にいいですね。私も「まだ1度しか死んでないから」と前向きにものごとをとらえていきたい。

テレビドラマ版の『ツイン・ピークス』('90〜)では、視聴者からの「誰がローラ・パーマーを殺したのか教えてほしい」という投書が多くなり、テレビ局が犯人を明示するよう厳命したという。誰が殺したかわからないからこそ保たれていた緊張感を損なう、とリンチは抵抗したが、最終的には局の指示にしたがって仕方なく犯人を明かし、その後、視聴者の興味は一気に失われてしまったという。リンチはめまぐるしい成功も数多く手にしているが、読了して印象に残ったのは、むしろ苦い経験の方であった。

また映画作りとは、無数の企画やアイデア、資金の調達、理解者などがうまい具合に揃って完成される偶然の産物なのだということがよくわかる1冊でもある。リンチにもさまざまな映画の企画が持ち込まれ、実現せずに消えていったことがわかる。『スター・ウォーズ』や『アメリカン・ビューティー』の監督を打診されていたというのも全く知らなかった。この映画が完成していたら……と想像してしまう企画についても数多く書かれている。リンチのファンであれば間違いなく楽しめる自伝であると思う。

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