記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

『最後の決闘裁判』と、"He Said, She Said"

内容について触れています。未見の方はご注意ください。

フェミニズムに対する明確な意識と視点

リドリー・スコット監督の新作は、14世紀のフランスで実際に起こった事件について描かれた歴史ドラマです。作品を見終えるとよくわかるのですが、本作で描かれる事件は現代的なテーマを含んでおり、2021年のいま、この問題を扱う必然性がよく伝わってきます。話が進んでいくほど、なるほどそうかと納得できる全体の構成が見えてきますが、これは同時に、われわれの社会がほとんど進歩していないことを感じさせる面もあるのです。かつて、きわめて先進的なフェミニズム映画『テルマ&ルイーズ』(1991)を撮ったリドリー・スコットならではの、フェミニズムに対する明確な意識と視点が発揮された、見応えのあるフィルムだと感じました。

14世紀末、百年戦争中のフランス。ジーン・デ・カルージュ(マット・デイモン)とジャックス・ル・グリス(アダム・ドライバー)は、かつては同じ戦場でたたかった仲間でしたが、出世上手なジャックスが有力者へうまく取り入って地位を高める一方、直情型のジーンは経済的な苦境に立たされており、両者の社会的地位には差が生じていました。ある日ジャックスは、ジーンが不在のタイミングを狙って、彼の美しい妻マルグリート・デ・カルージュ(ジョディ・カマー)の住む家を訪れ、彼女へ襲いかかって強姦します。マルグリートは事件について夫へ相談し、結果的にジャックスを法廷へ訴えました。窮地におちいったジャックスは、自分の政治的立場を利用して強引に無罪を勝ち取りますが、ジーンは決闘裁判(訴えを起こした側と起こされた側が決闘し、勝った方が無罪となる法律上の仕組み)を求め、この要求が国王によって認められます。もし訴えを起こしたジーンが決闘で負ければ、夫が戦いで死ぬだけではなく、妻も生きたまま焼かれるという過酷な条件の元で、決闘裁判が開始されるのでした。

藪の中

本作がユニークなのは、映画『羅生門』(1950)のナラティ語りブを採用している点です。フィルムは三部構成となっており、まずは被害者の夫ジーンの視点、次に加害者ジャックスの視点、最後に被害者本人であるマルグリートの視点から、事件はいかなるものであったかが繰りかえし描写されていきます。そして、三者の見た事実はところどころ食い違っているのです。いわゆる "He Said, She三者三様 Said" の状況なのですが、三部が始まる前に "The Truth" の文字が画面に浮かぶ点から考えても、女性の口から語られた様子こそが真実であるようです。男たちは、自分に都合のいいように記憶を作り替えています。「戦場でいちばん最初に敵へ果敢に向かっていったのは自分だ」「相手に紳士的な言葉をかけたのは自分だ」「自分はよき夫である」と、記憶は改ざんされています。これは実際、大いにありそうなことです。

スクリーンショット 2021-10-16 22.39.28

性的暴行を訴えたマルグリートが経験するのは、嫌がらせのような追求でした。「過去にジャックスをハンサムだと評していた」「暴行された際に快楽を覚えたのではないか」「本当に抵抗したのか」等、苦しむ女性に追い打ちをかける品性下劣な問いが連続します。被害を申し出た女性にはこうした屈辱が待っているのです。ここ日本でも同様に、性被害を訴えた女性を「会見で胸元が開いた服を着ていた」といった理由で非難するような傾向がありますが、かかる侮辱はいつまで経ってもなくなりません。またジーンが決闘裁判を申し出たのも、自分を出し抜いて出世したジャックスに対する個人的な恨みや劣等感、決闘で「男らしく」決着をつけたいというエゴが大きく、妻はそうした幼稚な動機に付き合わされ、火あぶりのリスクにさらされてしまいます。劇中、ものごとのすべてが男性側の都合によって動いていくため、マルグリートの事情はほとんど鑑みられることがありません。

こうした展開は、性的暴行を起こしながら、有力者であるという理由で周囲がもみ消しに走った、ワインスタイン事件のような問題を想起させます。一定の社会的地位を獲得した男性は、あたかも互助会のように守られ、問題を起こしても責任を取らずに済むような仕組みができあがっている。そうした社会で、マルグリートのような女性はほとんど無力です。作品を通じてマルグリートの置かれた絶望的な状況が浮き上がる本作は、観客をひやっとさせる冷酷さや、相手の立場でものを考えることのむずかしさを示しているように思うのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?