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不定期更新小説「パンイチ宰相」2

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第二話
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 ところでどうして田舎の野良娘、エメルがこの国で歓待を受けることになったのか。簡単に言うとエメルは竜人国からの、要請でやってきた。この度の詫びとして、そちらの王族の、娘を一人だけ預かろう、と。
 エメルの国と竜人族の国は、大きな山脈を挟んでお隣さんだ。そこを狡い人族がこっそりと、隧道開通を目指してコソコソやっていた。間違いなく条約違反であるが、いつになっても隧道(トンネル)が開通しないので、焦れたお偉いさんが爆発物を使わせた。
 ちゅどーん、である。それは見事な爆発だった。
 一発でバレた。竜人国側に。
 そして、封書が届けられた。青褪めた国王は、何度も読み返し、側近にも読ませて内容の把握に努めてみた。丁寧な書き方だったが、人族がよくやる手法に見えた。内容は丁寧だけど、意味は真逆のものだろう、と。
 満場一致の解釈だった。それで、王は一応、娘に声を掛けた。誰がどう見ても色んな意味で国一番のお嫁さんを貰っていたので、誰がどう見ても国一番の美姫だった。
 まだ十歳程であるが、成長した姿は想像するより確かと見える。つまり、絶対に美女になる。息子は三人いるが、娘は一人。それを所望してきたあたり、竜人国側は、火を見るより明らかに“激怒している”と彼らは悟った。
 王様は一応、娘に声をかけた。お妃様も伴って。自慢の娘であるから、たとえ父親であろうとも、二人きりで話をさせるなど、言語道断といった雰囲気だったのだろう。
 聞いたお妃様は激怒した。多分、お妃様の立場なら、誰もが激怒する案件だと思う。タジタジになった王様は、分かった! お前の娘は守る! とお妃様の怒りから自身を守るようにして、なんとかする! と言ってしまった訳らしい。
 それでこっそりエメルの元へとやってきた。
 表向きは現場の把握。ついでに秋の狩猟。夜の晩餐を終えた後、領主に預けたままの娘を、使用人を装って部屋へ呼ぶ。物心ついてからずっとそんなだったから、初めは誰の目も無いところで幼女に抱擁……変態かな? と、思っていたエメルの方も、あー、実は父ちゃんか、と気づいた歴史。
 誰の目も無いところでは、王様はエメルのことを、ひたすら可愛い可愛いしていたからだ。物を贈ればバレるだろうし、何も貰ったことはない。それに、部屋に呼んでおきながら思春期を迎える頃には、抱擁を遠慮するような素振りを見せたから。
 この部屋では自由に過ごしていいから、と、料理や果物が乗った机を用意して、時間つぶしに渋々とそれらをつまむエメルのことを、幸せそうに眺めるだけのおじさんだ。
 王様が僻地に来て、就寝までの自分の世話を、いつも決まった使用人にさせる……のはエロいけど、ぶっちゃけ勘違いされたくないエメルの立場としては、あの人変態みたい、と実態を交えた上で、使用人仲間にささやくのみだった。
 こっそり他所でこしらえた娘のことを、諦めきれずに成長を見守りにくるような男のことを、変態というくらいなら許されることだろう、と。お城の“妹”の方はあんなに綺麗に飾っているのに、私には髪飾りの一つもくれないんだもんなぁ、と。素直なエメルは素直なままに、変態な父親のことをそのように評価していた。

 それで、いつも通り、父親との面会時間を迎えた。

 あー、めんどい、と思っていたエメルの方も、思春期を終え女性の階段を一つ一つ上がっていくと、美味しいご飯を奢って貰えるだけでも、まぁいいか、と許せるような気持ちになっていた。
 その日の王様はソワソワとして、怪しい感じを醸していたけれど、ボーイフレンドが出来たかどうかを聞きたいのかしらん? と。実はこの時、エメルの近くに、仲良く出来そうな男子がちらほら見えたから。その噂を耳にして、父親はソワソワしたのか、と。
 でも実際にその人の口から零れてきた話は上記のやつで、お前しか頼めない、と泣きそうな顔で言われると……なんだかエメルもほろりときたようで、私が行くよお父さん、と。
 だーっと滝の涙を流した王様だ。
 父ちゃんちょろい……と思われていたことを彼は知らない。
 何故ならエメルはそこそこ良い根性を持っていた。確かに素直だし性格も悪くないけれど、根性を発揮する方向が人とは違うあれだった。
 まぁ、死んでも良いかな、と思ってもいたけれど、御涙頂戴しながらあっちの国で使用人でも……そんな策略も練っていた。
 生きる場所なんてどこでもいい。できれば出来るだけ面白い人生を生きられれば良いかな、という。反骨精神とも違う、エメルの独特な根性だった。
 お城に帰るまで涙を流していた王様だけど、お妃様がよっぽど怖いのか、お城では威厳ある姿に戻って見えた。それからこの娘をお前の娘の代わりにしよう、と。

 多分。
 いや、十中八九、お妃様は気がついた。

 でも、自分の娘の代わりに、見ず知らずの女と夫の子供が、身代わりになるのなら、その浮気は許してやろう。素直に思ったようだ。この世界にはないけれど、エメルは昼ドラな雰囲気を感じながら、一種のドギマギ感で王室の気配を探ってた。
 二人の腹違いの兄と弟はキラキラしていた。
 腹違いの妹も、キラキラして見えていた。
 それっぽさを装うためにキラキラの衣装を着させて貰っても、エメルとは段違いのキラキラさなのである。ある意味、父親の平凡地味さを、100%受け取ったようなエメルは悟る。
 あ、これ、全員、父親の子供ちゃう。
 あんなに変態とこき下ろしていた父親の、十数年にわたる精神状態を、正確に察したようなエメルであった。そりゃあ、私がご飯を食べる姿を見ているだけで、幸せそうな顔をする訳だ、と。
 気の毒に思ったエメルは父親の顔を見て、油断すると号泣しそうなその人の気持ちを止めるように言う。

「王様は正しい判断をされました。どうぞ、私のことは死んだ娘と思い、末長く健やかにお過ごしください」

 と。
 自分は浮気をしていたくせに、夫の浮気は許さんという、心の狭いお妃様の雰囲気も、エメルの言葉と平伏を見て、幾分溜飲が下がったようだ。
 父ちゃんも達者でな、と心の中で手を振って、飾られたエメルは竜人国の土を踏む。
 そうして、件の現場に出くわした。
 もう少し詳しく語るなら、竜人国側の意見として、その日、その場所で、竜人の馬鹿共が本気の喧嘩をしたらしい。それで山が一つ吹き飛んだ。仕事をしていたエメルは音しか聞いていなかったけど、後日、大きな竜体が何体か、お山を戻すべくペタペタ土を盛っていたから……人族の不手際のせいなのに、良い人達なんだなぁ、と。
 山脈に、一つだけ色の違う山が出来たが、それも風情があってよろしい、と思ったエメルだ。でも、こうした説明を聞き、真っ先に思うのは、人族の心の汚さ、面白さ。
 あの人たちはものすごい勘違いをしたのだな、と、パンイチの宰相様のお屋敷でお世話になって、優雅に紅茶をすする生活を送らせてもらいながら、エメルはひっそり思うのだった。

 竜人の方が、誠実だし、優しいのでは。
 謎に夫になる気満々の、竜人のお偉い方々の顔を思い出しながら、エメルは彼らの生態を探るべく、ワクワクに胸を躍らせて過ごすのだった。

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