浅酌低唱:日本酒にとってのカウンター・カルチャー
先日、日本酒とカウンター・カルチャーについて話をしていた。カウンター・カルチャーとは支配的(に見える)文化に対するアンチテーゼのこと。既存に対する懐疑性、ないしは否定性を伴う点で先鋭的に映ることがあり、またそれは消えてなくなるものというよりは対立項として併存するものである。どちらが正しい・正しくないということではなく、カウンター・カルチャーの存在は業界全体を拡張する可能性を持っているにも関わらず、日本酒にはそれがないことで機会損失をしているのではないか、という話だった。
ワインにおけるナチュラルワインが、ビールにおけるクラフトビールがそうであるように、既存のあり方に対するアンチテーゼがうねりを起こし、やがてそれが定着して一つのドメインを作るというのは非常に面白いことだ。ヒッピーと言えばゆくゆくは廃れそうだが、サブカルと言えば併存が見えるように思う。そこで今日は、「日本酒にとってのカウンター・カルチャー」について考えてみたい。
今の日本酒市場は、文字情報だけで購買の意思決定を求められることが多い。それは居酒屋における銘柄だけが書かれたメニューもそうであるし、酒販店における商品スペックや受賞アワードの説明も同様であるが、基本的にそうした情報を元に意思決定ができる消費者であることが前提になっている。
一方で、例えばナチュラルワインの場合はどうだろうか。僕が伺う都内のナチュラルワインを出すお店のほぼ全てにおいて、ぶどうが栽培されている土地風景、醸造家の思想、酒造りの方針などそのテロワールが思い浮かぶ説明が施される。ぶどうの種類や醸造・貯蔵方法に言及することはもちろんあるが、それらにも地理的な要因など文脈が付随する。こうしたプレゼンテーションの仕方は、「アンリ・ジャイエ」「ロマネ・コンティ」などに代表される、情報提示による購買行動の時代が長かったことへのアンチテーゼなのではないか、と考えた。
暗黙の前提が置かれた銘柄商売の時代から、より顧客と丁寧なコミュニケーションを取ることで情緒や文化を伝えることが価値としてカウンター提案されているのがナチュラルワイン市場だとすると、日本酒が向かうべきベクトルもこれと相似系なのではないかと思う。思想哲学や自然との共生といったナチュラルワインのカルチャーが築いてきたドメインは、2022年に1.3兆円、2030年には3兆円まで市場規模が拡大すると言われている。日本酒が0.5兆円だとすると、その市場の成長性には驚かされるばかりだが、ナチュラルワインがカウンター・カルチャーとして併存を実現していることで、ワインの市場規模そのものの拡大に貢献しているのではないか。
こうした議論においては、日本酒市場に明るい人ならば「クラフトサケ」を想像する人がいるかもしれない。清酒ではないその他醸造酒のカテゴリにおいて自由な発想で酒造りをしながら、ときに既存の体制・規制緩和に向けた動きを取る「クラフトサケ」はたしかにカウンター・カルチャーのように感じられる。しかし既存に対して反対のベクトルを取るわけではなく、まして懐疑的・否定的というよりはむしろ清酒へのリスペクトや憧憬をはらんでいることを思うと、それはフランス、イタリアワインに対するチリやオーストラリアなどのニューワールドのような、ベクトルとドメインの拡張的な共存なのだろう。
では日本酒市場において、(ナチュラルワインのそれのように)酒蔵の土地文脈、歴史、自然環境、醸造哲学や醸造プロセスにまで言及しお酒を販売・提供できる土壌はあるだろうか。もちろん店によってはそうしたサービスを受けられるところもあるが、ほとんどの店 (酒販店・飲食店)では、現場でそうしたプレゼンテーションができないのではないかと思う。となれば店は文字情報による購買の意思決定を強いるほかなく、消費者は知ろうが知るまいが銘柄情報やスペック情報を読まざるを得ない。それらは飲酒機会の参入障壁となるだけでなく、情報強者によるマウンティングなどの副作用もある。
僕が全国の酒蔵を回って撮影をし、アプリやイベントページなどで見れるようにしているのはこうした背景がある。「情報」よりも「情緒」を飲酒体験として記憶に刻み込むことが、そのお酒や蔵のファンになるきっかけを作るのではないか、ということだ。全ての蔵が土地文脈や歴史、自然環境に豊富なわけではないが、業界全体を構造的に捉え、市場を拡大させるためには仕組みで取り組まなければいけない。市場拡大の一手として「カウンター・カルチャーによる業界全体への刺激と拡張」があるならば、今求められるのは酒類の提供・販売時におけるプレゼンテーションの改革であり、サービスを提供する者に対する情報共有だろう。
弊社でも年内、年明けと恒常的な消費者との接点を持つための拠点を計画しているが、そこでのプレゼンテーションの仕方については、こうしたカウンター・カルチャーによる業界の拡張の可能性を念頭にやっていきたいと思っている。
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