日本酒を相対化して考える5つのアカデミック・セッション
『若手の夜明け』のメインは試飲イベントですが、今年は最終日の9月17日(日)にシンポジウムを開催します。これは、日本酒にまつわる様々な論点についてアカデミックに考察することで、若手醸造家たちの問題意識を喚起するとともに、来場者の皆様にリアリティのある声を届けたいという思いから起案いたしました。
日本酒業界は、国民的なアルコール飲料という立場からマスメディアでも好意的に捉えられることが多いように感じています。しかし、従前お伝えしているように市場は縮小の一途で、いわゆる日本企業が陥りやすい保守的で閉鎖的な自前主義の文化により競争力が落ち衰退していくという状況が続いています。これは一般に「茹でガエル (Boiling frog)」と比喩される状態です。
人口動態で見れば、日本の出生率は過去最低の1.26%で80万人割れ、2070年には総人口も8,700万人まで減少すると推計されています。また高齢化率も2020年の28.6%から2070年には38.7%へと上昇し、若い世代の負担が大きくなるだけでなく、労働人口減少を補うための移民の受け入れや、一人あたりの生産性を上げるための施策が急務であることは既に広く言われていることです。
酒蔵のある地域を盛り上げるための取り組みが地元を盛り上げる可能性があることは、以前にもお伝えしました。『若手の夜明け』ではそこから一段視座を上げ、視野を広げた議論ができればと思っています。
若手蔵は日々の業務に追われがちです。だからこそ、こうした場で業界外の議論に耳を傾け、自身を相対化して日々の業務と次の30年間を見直すタイミングとなればと思っています。
主なセッションは次のとおりです。
1. 酒蔵と地域を繋ぐ新しい地方創生の形
酒蔵のある地域で100年、200年と事業を行っていく上で地域との連携は必須です。公共セクターによる病院や学校を始めとした住環境の整備がなければ若い世代は移住できません。またローカルの民間セクターと価値観が共有され、感情的な結びつきが生まれなければ連帯感のある取り組みにもならないでしょう。酒蔵は地域の一次産品が持つ価値を加工によって高め、大都市での商流に乗せることで更に経済的な効果を生み出す可能性を持っています。そうした取り組みを実際に行っている皆さんをお招きして、地域の人が誇りに思えるものを生み出す酒蔵の取り組みを、試行錯誤のエピソードなど具体的なお話とともに伺います。
ここでは『若手の夜明け』の共催をしていただいている三菱地所から、内神田一丁目で食と農の産業支援施設を開発する傍ら、地域の様々なプレイヤーと連携して東京と地方の共創を推進する「めぐるめくプロジェクト」に取り組まれている広瀬さんにファシリテーターを務めていただきます。
2. 新世代のサケ・カルチャーを盛り上げる立役者たち
清酒の製造には免許が必要です。しかしその免許は70年間、新規発行されていません。そうした中で、「その他の醸造酒」免許による新しい「酔える液体」を造りはじめた造り手たちや、M&Aで既存免許を獲得して酒造りを始めた若者たちがいます。免許の緩和に関して、監督官庁やロビイング団体を批判することは簡単です。新規免許の規制緩和をするべきだと叫ぶこともまた簡単です。そこで話を止めずに、思考を一段掘り下げることができれば、酒造業界にとってより建設的な議論になるのではないかと考えています。
ここでは安全地帯からの発信ではなく、実際に既存の枠組みの中で様々なうねりを生みながら美味しいサケ造りを行う蔵元たちを招いて議論をします。自由に酒を醸すクラフトサケと、代々続く伝統産業としての日本酒は、若手醸造家たちにどんな葛藤を生んでいるのか。すべては新たな飲み手を増やすために。
3. 酒造りにおける女性の活躍とこれからの担い手の育成
伝統産業としての日本酒には、男性社会を前提とした構造が多くあります。こうした状況に対して、現場の相対的に弱い立場からは言い出しにくく、あるいは単に悲観的に捉えて議論をしても不平や愚痴が連なるばかりで、なかなか建設的な議論を導くことができません。
男性中心的な構造が存在する日本酒業界において、男女がフェアな関係性を築く時代が来なければ、生産年齢人口が減少する中で、今後の担い手・造り手を維持することはできないでしょう。また、価値観が多様化する時代において後継者を見つけることも難しい状況が出てきています。家業に生まれたからこそ直面する様々な構造的な問題と、自分自身の幸せとで葛藤する蔵元・杜氏たちが、それでも酒造りを愛し続けるのはなぜなのか、リアリティのある声を聞いていただければと思います。
このセッションでは、実際に酒造りを指示し実行する杜氏、蔵の経営者として仕組みづくりをし次の100年を地域とともに作り上げていく蔵元たちが登壇。ファシリテーターとして、外資系企業で勤務した後日本酒蔵のツーリズム事業を立ち上げOne Young Worldのアンバサダーを務める株式会社イリスの宮内さんを迎え、議論を行います。
4. 醸造のスペシャリストたちによる最先端の酒造り
日本酒造りには、これまで杜氏集団から熟練の知識と経験を持った杜氏たちが派遣されていました。今もその形態は一部残っていますが、多くが自社雇用の造り手たちによって行われています。自社内で知見を蓄積している酒蔵の造り手たち、特に若い世代は直接連絡を取り合って技術交流を進めており、またそれぞれの科学的なバックグラウンドを活かし、現場での酒造りと科学的な考察を日々試行錯誤しています。
そうした造り手たちにとって、今最も関心のある酒造りのテーマは何でしょうか。また、醸造における「技術力がある」とは何を指すのでしょうか。酒造りを科学的に考察する基本動作が染み付いているからこそ、自然に立ち返ったときに感じる醸造への違和感など、若手醸造家たちの好奇心の行き着く先にある最先端の酒造りについて議論をしていただきます。ファシリテーターは私、カワナが務めます。
5. 酒造りと自然環境との共生
酒造りにおける自然環境との共生というテーマを考えたとき、"ナチュラル"な造り方という点で、生酛造りを想像する方も少なくないかと思います。ですが、ここでは一旦視点を広く持って、酒造りをする主体としての酒蔵はそれぞれの地域でどんな自然環境に囲まれて一年を過ごし、どのように酒造りを行っているのか、俯瞰してみたいと思います。
100年スパンで考えたとき、酒蔵は自然とどう向き合わなければいけないのか。もちろんそれぞれ営利事業主体ですから経済性を考えなければいけませんが、単純に経済的な事業者であることだけを考えたり、あるいは一世代のことだけを考えて事業推進をしたりしていては、地域の自然環境に根付いた取り組みとはならないのではないか、と考えています。お米の慣行栽培と自然栽培、蔵付き酵母ときょうかい酵母、速醸と生酛、酒造りに必要なエネルギー (電気等)の調達、タンク・木桶や製品化・梱包資材、輸送……あらゆる点で、自然との今後数百年を見据えた共生の論点が見えてきます。
「産業としての日本酒造りと、自然との共生のバランスとは何か」を議論することで、『若手の夜明け』の追い求める日本酒の伝統産業・文化としての次世代への継承、世界への発信の糧となればと思います。こちらもファシリテーターは私、カワナが務めます。
それぞれのセッションの後にはセミナー会場外のラウンジにて60分程度の交流会を設けております。お酒も提供しますので(なくなり次第終了)、奮ってご参加ください。皆様のご参加をお待ち申し上げます。
【シンポジウムのチケットはMakuakeにて販売中です】
https://www.makuake.com/project/sakejump/