ライブで観客が歌うことの是非について


最近になってライブ中の発声について、規制が緩やかになってきているので、発声禁止の時期にはなりをひそめていた歌う観客についての論争が再燃する可能性があり、それについて考えてみた

歴史的な考察になるが、まずは音楽の複製、つまりレコードが、一般に普及して人々が実際に演者が目の前にいなくてもその演奏を聴くことができるようになったことが大きかったと思われる

人を集めて音楽や演劇をパフォーマンスする歴史の中で、演奏中や演技中に観客が声を出す場面は近代までそう多くはなかった

歌舞伎では演技の要所要所で観客から大きな声で掛け声がかかるが、それには熟練の技術が必要でそれ以外の観客は黙って鑑賞していたし、音楽でもクラシック音楽では観客が演奏終了時に演奏を褒め称える意味でブラボーと叫ぶ以外、演奏中に声を出すことは普通はない

近代音楽でもジャズのライブなどでは観客は手拍子などはあり得ても声は出さずに黙って聴くものだったろう

いつから客が声を出し始めたのか、はっきりしたことは言えないがエルビス・プレスリーのライブはその発端に最も近いと想像する
ただそれは歓声や悲鳴に近い感情表現で、その勢いはビートルズの頃にはさらに一般化したと思われる

それらは現在でもジャニーズやアイドルのライブで演者が登場した時や近くに来た時などに大きな声を出して観客が喜んでいる様子を伝える場面で一般的だ

ではいつから客が演者と一緒に歌うようになったか、についてひとつのヒントがある
2018年公開の映画「ボヘミアンラプソディ」だ
イギリスのロックバンド、クイーンはいろんな形でライブの新しいスタイルを作ったと言われるが、映画の中でまださほど人気がない頃の彼等がアメリカでツアーをした際、観客が自分たちの演奏する曲に声を合わせて歌っていることに彼ら自身が気づいて驚くという場面がある

彼らは観客がレコードを聞いて自分たちの曲を知っていて歌えるということに感動するわけなのだ
そこから発想して彼らはライブの曲中に観客が参加する要素を加えたという象徴的なエピソードなのだが、音楽ライブの歴史の中でコールアンドレスポンスの発祥はそこだと言われている

その影響でロックバンドのライブでは観客が歌うことについては肯定的でむしろ歓迎されている傾向が今でもある

ただ現在行われるライブには様々なジャンルの音楽があり、ロックでは歓迎されることが全てに通じるわけではない

演者によっては観客に対して「歌うな」と公言する人もいるし、そうかと思えば客席にマイクを向けて歌わせる場合もある

要は演奏される音楽の傾向と演者のスタイルに合わせることが一番大事なことなのだ

とは言えライブでテンションが上がっている時に周りの空気を読むのはむずかしい事だし、そんなことに気を使ってライブを楽しめないのはいちばん勿体無い

今ひとつ言えるとすれば、ライブに出かける前に
歌っていい場合とそうでない場合があって、歌うことはそんなに古い習慣でもないと知ること
歌わないで聴く歴史のほうがはるかに長いという認識を持つことだ

そしてライブ会場では演者と心を通じ合わせる喜びを第一に考えるようにすれば、相手が歌って欲しいのかそうでないのかを感じ取れるだろう

演者が歌って欲しいと思い、それに応えて観客が歌う
ステージの上と下とのそういう対話こそがライブの醍醐味ではないだろうか

もしそれがわからない、自分は鈍感だと思うのなら周りの人に従うのが一番だ
少なくともそうすれば周りの観客との一体感は得られる

それもまたライブの醍醐味だ

演奏をただ聴くだけがライブの楽しみではない
人が集まって同じ方向を向いて同じものを見ているのだ
その楽しみはイヤフォンで聴く音楽とは別物だ

その時一度きりの演奏を同じ場所で大勢の人と一緒に聴く贅沢な楽しみを、全身で味わうライブの喜びを全ての人が感じられることを願ってこの一文を書いた

筆者は今年の夏ひとつの素晴らしいライブに参加することができた
それはいつもなら大きな歓声に包まれるアイドルのライブだったが、まだ発声は禁じられており観客は全員マスクの中で声を殺してライブを見ていた
声を出せない3時間が過ぎ最後の曲を歌い上げた彼らを観客は鳴り止まない拍手で讃えた
その長い拍手を感に堪えない表情で聴いている彼らの姿を忘れられない

そういう一生の思い出になるライブに多くの人が出会えればいいと思う


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