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キングダム

 キングダム2という映画を観ようという話になって、それで友人と東宝ビルの前まで来たところで夕立になった。傘を持っていないので鞄で頭を抱えるようにして入り口まで走ったのだけれども、白いズボンがコンクリートではねた泥で茶色く染まっていて、急に何もかもやる気がなくなってしまった。

 僅か十秒程度であったのに私も友人も着衣水泳をしたあとのように頭から身体から水を垂らして、周囲の人も同じようだった。こんなに濡れていては映画を観るには具合が悪いだろうとなって、私の家でキングダム1を観ようという話にまとまった。そもそも、私はキングダム2を観るつもりでいるのに、キングダム1を観ていない。

 コンビニでビニール傘を買って外に出ると、雨はさっきよりも強まっているようであった。お腹も空いていたので少し歩いたところにある韓国料理屋に連れ立って入ると、客は私たちの他に、先に入っている男女一組だけであった。

 男のほうはオーバーサイズの黒いTシャツを着て、白に近いような金髪をしている。水商売の人のように見えたけれども、そうではないかもしれない。20代のようにも見えるし、40代と言われたらそんなような気もした。

 女の方は10代後半から20代前半くらい、黒い水玉模様のついた白地のワンピースを着ており、首元には黒いリボンがついていた。白いくるぶしくらいまでの靴下を履いており、髪は黒く、肌は白く、瞳孔が異様に開いているので死んでいるかカラーコンタクトをしているのかのどちらかと思われた。

 りんごジュース

 声を出して女が注文をしたので、死んでいないことが知れたが、その後から男女のしている会話が、いくら聞いても全く内容が理解できなかった。

 男はひたすらに、調子はどう?とか、他の女の子はどうでこうで、という話をしたかと思えば、急に経営者然としたビジネス展開のビジョンなどを語っており、女の子のほうはへえーとか、すごいー、などと適当な相槌を打つのみであった。

 最初私は男が女の気を惹こうとしているのではないかと思ったが、その割には男のほうにだいぶ余裕があり、女にもさして興味を示していないように思えた。

 そこで私たちのサムギョプサルが到着したので、聞き耳を立てるのを一時中断して、店の人が肉を焼いてくれるのをしばらく眺めていた。店内のテレビには髪の毛を色とりどりに染めた韓国のアイドルが一糸乱れぬ動きで舞踏をしていた。その様子が妙に良く思えたので、よく顔まではわからないが聞いたことのある有名グループなのではないかと思って店員のお兄さんに尋ねてみたが、お兄さんは何を尋ねられたと思ったのか、ハイッ、と急に大きな返事をして後ろに引っ込み、黒いビニール袋を持ってきて私の膝に置いた。

 それがどういう意味なのか、私にはよく分からなかったが、私は膝の上に置かれたビニール袋を落とさないように膝に微妙な力を入れながら、焼けた肉を食べ始めた。

 キングダムが、

 と男が言ったのが聞こえて再び私は隣の男女の会話に聞き耳を立てた。この男女もキングダム2を観たのだろうか、とすると、この至近距離でキングダム2の話をし始めた場合、それは私たちにとってキングダム2のネタバレになってしまう可能性があると思った。

 さらによく考えれば私はキングダム1すら観ていないのに、いきなり2のネタバレを聞いてしまったら立ち直ることができない可能性もある、キングダム2の興行収入にも私が観ない分だけ影響が出るだろう。そう思って席を移動することなども考慮したが、膝に謎の黒いビニール袋が置かれているので下手に動くこともできない。

 キングダムに行ったアカネちゃんは最近すごいよ。100はいってる。あの子は結構やる気もあるし戦略家だからね。不潔な人とかも全然平気だって言ってた。まあそこまでとは言わないけど、ビジュがいいからほんとみくちゃんもいけると思う。

 男がおもむろにキングダム2のネタバレを話し始めたが、何を言っているのか全く分からなかった。戦略家、ということは女軍師みたいなのが出てくるのだろうか。そもそもキングダム1を観ていないから背景すらよく分からず、かえってネタバレにならずに済んだ。

 男女が店を出た後で友人に、今の二人は恋人同士だろうか、それとも男が気を惹いているだけなのだろうか、映画を観てきたようだったが、私はキングダム1を観ていないのでネタバレにならずに済んだ、と話すと、

 は、なにを言ってるの、恋人なわけないじゃん。スカウトでしょスカウト

 と友人が言ったので、あー、そっかそっかと調子を合わせて、それで店を出て家に帰った。

 スカウトというのは一体どういう意味なのだろう。プロ野球関係?あのような金髪だから、少なくとも巨人軍ではないに違いない。

 考えても埒があかないのでキングダム1をみ始めたが、部屋の中が散らかっていて足の踏み場もないため、とりあえず目についたゴミを拾って、もらった黒いゴミ袋に詰めて口を縛った。

 それにしても映画を観ようという話は途中から出てきたのであって、私は歌舞伎町に何をしにいったのだったか。歌舞伎町を歩きながら考えたこと、書いたことがあったような気がするのだけれども、それがどうも思い出せなかった。


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