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チームスポーツのススメ

予てからの陰キャぶりに加えて、コロナで交流の機会が激減していた中にあって、ケンブリッジ在学中に友達を作るには、何か課外活動をしなければいけないと思っていた。

ケンブリッジの伝統的なスポーツといえばレガッタ競技でしょと思い、真っ先に思いついたのがボート部である。

もちろん、大学を代表するボート部は、オリンピック出場レベルの巨漢たちがしのぎを削っている戦場なので、カレッジ傘下のボート部に参加することにした。

毎日朝の7時にボートハウスに集合し、そこからひたすらオールを漕ぐというなかなかストイックな競技なのだが、見かけによらず奥深いのだ。

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(画像:川岸に並ぶ各カレッジのボートハウス)

というのも、8人制のボートでは、全員がぴったり息を合わせてオールを漕がないと思うようにボートが進まないからだ。また、重心を中心に置いていないとボートが左右に傾いてしまうので、チームワークを必要とする競技なのだ。

これに加えて、必死に漕ぎつつ、リズムを一定に保つ必要があるため、体力と集中力を必要とする。

このようにチームワークを育みつつ、肉体および精神的な強度を求めるボートは、いかにもイギリスのエリート教育の産物だと思った。

ミス続きで険悪なムードに

さて、ケンブリッジの一大イベントに、カレッジ対抗のレガッタ競技、"Bumps" がある。

5日間に渡って行われる年度最後の大会であり、当然選手たちの鼻息は荒い。

そんな大会の2日目。残念ながら、私が所属するダーウィン・カレッジは2回連続でレースに負けており、チーム内には険悪な雰囲気が流れていた。それも、ある選手が2日連続で同じミスを犯したことが敗因だったからだ。

ボートが順調に進むには、全員のオールが同じタイミングで、一定の角度で入水しなければならない。もし、タイミングがズレたり角度がおかしいと、オールが水の抵抗を受けて、すごい勢いで自らに跳ね返ってしまうのだ。最悪の場合、オールに叩きつけられることで、ボートから転落してしまうこともある。

英語では"catch a crab"、日本語では腹切というそうだが、これを同じチームメートが2度もしてしまったのだ。

イギリス、ドイツ、アイルランド、アメリカ、ブラジル、日本という多国籍なメンバー構成の中で、どのようにチームの危機を乗り越えるのか。激しい言い争いになるのか、ミスには直接言及しないで穏便に過ごすのかなどと考えながら、レース後の打ち合わせに臨んだ。

まず口火を切ったのは、勝利こそが全てと思ってやまないC君だった。

「正直にいって残念だ。俺は悔しい。これまでの努力が台無しだよ。」

名指しで批判こそしないものの、彼の発言でチームに重い空気がのしかかった。

続いて、L君。

「そこまで落ち込む必要ないじゃん。楽しむことが一番だと思うよ。」

いつも朗らかな彼らしい発言だった。

その後もしばらく肯定的な意見と否定的な意見が続き、最後にキャプテンが総括した。

「これまでの結果は残念だったけど、ここで落ち込んでいても明日以降のレースに悪影響だ。気持ちを切り替えて明日も全力を出そう。」

メンバーの意見のバランスを取りつつ、今後のレースを見据えての冷静な対応だった。

ちなみに私は、ミスを犯してしまったチームメートへの視線を逸らそうと、自分が犯したミスを取り上げて笑いを誘ってみた。もちろんC君は笑っていなかったが。

悔しさを隠さずにぶちまける人、肯定的であろうとする人、冷静に次を見据える人など、様々な性格の人がいて社会の縮図を表しているように感じた。

C君はどうだったか知らないが、個々の人格に触れることができ、心の距離が縮まったように感じた瞬間であった。

と同時に、今まで文化的な差異を意識し過ぎていた自分に気づいた。少なくともこういった勝負事に関しては、個々人の性格が現れるのであって、別に国籍は関係ないように感じた。

レースに勝って生まれた一体感

一夜明けて大会3日目。

レース序盤はキャプテンの号令に従って、チームの息を合わせることを心がけた。

順調に滑り出すも、スタートから全速力で進む相手に少しずつ離されていった。

ボートは自分が背を向けている方向に進んでいくので、見えるのはボートの後ろ側だけだ。視界から相手のボートが見えなくなると、どのくらい距離を離されているのかわからなくなる。

オールを漕ぐタイミングがずれ始め、みんなの焦りを感じたキャプテンは再度息を合わせるようにと叫び、持ち直しを図った。

そのうち、相手チームは疲労からペースが落ちていき、我々はついに相手ボートの先端を視界に捉えた。ここからはオールアウトで振り切りとの号令が飛ぶ。

その後はあまり覚えていない。勝利を目の前に、一心不乱に漕いでいたように思う。

気が付けばウォーと歓声が上がり、逆転勝利をしていた。

30歳も近づいて、心も乾き始めていた私としては、久しぶりに歓喜に湧き上がった瞬間であった。勝利と疲労感が相まって、その後しばらくは恍惚としていたように思う。

言うまでもないが、その後の打ち合わせは前日と打って変わって高揚感が漂っていた。苦難を共に乗り越えたからか、明らかにメンバーの表情は変わっており、一体感が生まれていた

これだからチームスポーツは面白い。チームである故に生じる衝突、そして乗り越えた後の一体感をこの数日だけで全部味わったように思う。

実はこれは私にとって帰国前の最後のレースであった。せっかく打ち解けたのに別れることになって悔しいという思いとともに、情景を心に焼き付けるようにして、みんなに別れを告げた。

ぜひとも日本でも

勤め人になると、自由な時間が少なくなるので運動の習慣もつけづらくなるように思う。もちろん、ランニングやボルダリングといった個人競技のスポーツに勤しむ方も多くいる。

だがボート部での経験をもとに、会社に戻ってからもチームスポーツを続けてみることもいいのではないかと思った。特に都会での生活は会社と家の行き来で、会社の人以外と交流する機会が少ない。分断が進む現代社会では、会社といった身内の環境を超えて人とつながることが大事なのではないか。。。

オックスブリッジの因縁のレガッタ競争を真似たのか、どうやら日本でも早慶レガッタなるものがあることを初めて知った。ただ残念なことに、東京では社会人ボート部はさほどないようだ(低学年向けの体験教室が主)。せっかく多くの河川を持つ国なのだから、ボートがより普及して欲しいと願うばかりだ。

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