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完璧についてのエピソード

おはようございます。
今日は何やら朝からどんよりした雲が空いっぱいに立ち込めています。
THE 低気圧って感じでたくさん寝たはずなのに正直まだ眠い。
そんな今日も夫は出社なのでお弁当と朝ごはんを作り、見送りました。
朝から雨が降っていて洗濯物は多少湿ってはいましたが問題なしと判断した主婦はそのまま取り込み、何事もなかったかのようにしまいました。
何事も完璧をもとめるとかえってよくないです。
完璧を求めてるのに完璧ができない自分を責めてしまいます。
完璧な人や状況なんてそうそうありません。大丈夫。

完璧ってそもそもなにさ

完璧ってgoogle先生に聞いてみたら1つも欠点がなく完全なことって書いてあります。一つも欠点がないなんてそうそうあることじゃないです。
完璧と思い浮かべて何が思い浮かびますか?
かんぱちはおばあちゃんを思い浮かべます。

おばあちゃんの完璧主義とおじいちゃん

実家のおばあちゃんはわりと完璧主義だった気がします。
自分の求める完璧な状態にするのが好きなようです。
でもそれは他人にまで求めるものではなくあくまで自分の中で完結してました。
思い通りにならないのが人間です。
それをおばあちゃんはよく知っていました。
そして1番思い通りにならなかったのがおじいちゃんです。
おじいちゃんは台所でせわしなく動いてる時に限っておばあちゃんの動線を遮るかのようにコーヒーを作りに来たりアレがない、コレがないとおばあちゃんを呼びます。おばあちゃんの悪いところはちょっと口が悪いところ・・・。
気が悪いと言っておじいちゃんと喧嘩します。
そんなことは日常茶飯事です。見慣れました。
おばあちゃんの求める完璧な状態を崩すおじいちゃんの存在。
そんなおじいちゃんがいても完璧をもとめるおばあちゃん。
漫才ではないけどそんな感じがします。
1回おばあちゃんが入院したあとおじいちゃんが同じ病院に入院したことがありました。おじいちゃんはその時教育入院かなんかで運動しなさいと言われてたそうでよくおばあちゃんの病室まで散歩にきていたそうです。暇だったんでしょう。
毎回ちょっと喧嘩して帰っていくそうです。(喧嘩大好き)
おじいちゃんが余計な一言を言うのでしょう。
晩年、おじいちゃんが全然運動しないので動きなさいと私が叱ったことがありましたがおじいちゃんの心にはどうも響いておらず病室で相撲を見るか川柳をかくか本を読むかのどれかばかりでした。私が叱った1週間後におじいちゃんは寝たきりになりました。部屋に響くくらいでかいいびきを鳴らしながらたまに無呼吸になるのでなんならいびきしててほしいわと思ったのはあれが初めてです。
おじいちゃんの通夜、おばあちゃんは一睡もしませんでした。
おじいちゃんが起きててくれって言ってるそうです。わがままな・・・。
風もないのに激しくろうそくの炎が揺れています、おじいちゃんがいるのがわかります。人間死んでもなお、毛根はすぐには死なないみたいで棺桶のおじいちゃんをのぞくと一本鼻毛が生えてるのです。あんだけ丁寧に綺麗にしてもらったというのに・・・。手のかかるおじいちゃんです。
おじいちゃんは1番風呂が大好きでした。だから湯棺というやり方で最後綺麗にしてもらいヒゲも剃り、マッサージまでしてもらうVIP待遇でした。
こわばった顔がマッサージしてもらってからちょっと笑った顔になっていました。
喜んでるのでしょう。こんだけ完璧にしても鼻毛は生えてきます。
そんなおじいちゃんも完璧にしたい部分がありました。
それは家系図です。おじいちゃんは字がとても達筆で役所に問い合わせてまで家系図を書いてのこしていました。どこの病院で生まれてどこで育ったのかまで書いてあります。メモ魔だったんです、おじいちゃん。
そんなおじいちゃんが死んで2年。さびしいですがおじいちゃんがいない生活もさすがに慣れてきました。こうやって世代は回っていき世界は動いていくんだなと思う日々です。

自然と完璧は遠い

実家は雪深く寒い田舎で年末に帰った時、ちょうど大雪だったので夫と一緒に朝から雪かきに勤しみました。私の父が区長なので父に軽トラに乗せてもらって公民館まで雪かきしました。3時間ほど雪かきをして玄関前をかいていた時にそろそろ屋根から雪が落ちてきそうだなぁって呟いた瞬間雪が屋根から落ちてきました。
慌てて避けたのでなんともないですが重たい雪なら怪我してましたね。
新雪なので全然重くないですがあれはビビリました。
せっかくかいたことろをまた3人で雪かきする始末・・・。
雪かきもそうですね、かいてもかいても雪がしんしんと降り積もり完璧を求めるのは難しいですね。自然と完璧は真逆の存在なのかも・・・。
人間の完璧を求めると自然との折り合いが難しくなります。
なにごともほどほどが1番です。頑張りすぎるとしんどくなるばかり。
雪かきだってある程度でいいんです。軽トラ1台分動けば大丈夫です。
最低限このラインまでするっていう自分との約束を守れば良いのです。

何事も100%の努力をすること、一生懸命することがすべてではありません。
全部を全力ですることに美徳を求めると自分の努力が自分で認められなくなります。本当に全力でやったのか問い出すとキリがありません。
みんなの100%と自分の100%が違う場合があります。
人と比べると劣等感に陥りやすいです。自分なりの100%を見つけて自分なりに頑張る。これに限るのではないかと思った主婦でした。

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