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【カンボジア生活】クメール正月にまつわる伝説



今年は4月13日の午後4時00分に、仏暦のカンボジア正月を迎えます。そこで、カンボジア正月にまつわる伝承をご紹介します。

昔々の事、ある村には美貌を持ち才能に溢れ、賢く裕福に生まれたトマバル・コマーという青年がいました。幼少の頃から周囲の誰よりも賢く、7歳になる頃には経典にも精通しました。しかも動物の言葉も理解できます。彼は長じると高名な祈禱師になりました。彼の名は神界にまで伝わり、カバル・マハー・プロムの耳に入りました。

カバル・マハー・プロムとは、古代インドにおいて万物の根源とされたブラフマンから転じた古代の創造神ブラフマーのことです。ヒンズー教では、ヴィシュヌ(維持)、シヴァ(破壊)と共に三大神となりました。日本では仏教に転じて梵天として知られています。以降は梵天と記載します。

梵天はコマーの賢さを試したく、神界から地上に降臨します。そして、コマーに会って、3つの質問をしました。そして、質問に回答できたら自身の首を切り頭を差し出そう、しかしコマーが回答できない場合には、自分の首を切って梵天に差し出すのだと強要します。梵天の質問は、人間の幸福とは、朝、昼、そして夜のそれぞれに何処にあるのかというものでした。

梵天は、7日後に答えを聞きに来ると言い残して消えますが、6日間が過ぎてもコマーは答えがわからず、村外に逃げ出しました。そして歩いている途中に疲れ、椰子の木陰で休息をしていると、雄鷲と雌鷲の声が聞こえてきました。雄鷲は雌鷲に、「明日は美味しい食事にありつけそうだ。コマーは梵天の質問に答えることができず、自分の頭を差し出すのだ。残った胴体は我々の食事だ。」と語っています。雌鷲は雄鷲に、「どんな質問だったのかしら。それは難しい質問なの?。」と問いかけます。雄鷲は、簡単な質問だよと答えます。

「人間の幸福は、朝には人の顔に宿る。だから、朝には必ず顔を水で洗うのだ。幸福は昼間には胸に宿る、だから水を浴びるのだ。そして、夜には人間の幸福は足に宿る。だから、寝る前に必ず足を洗うのだ。」コマーはあらゆる動物の言葉が理解できるので、その鷲の会話を聞いて非常に喜びました。

翌日、梵天は再び降臨し、コマーに答えを求めます。そして、コマーは3つの質問全てに答えます。お前が知り得ることではないと梵天は怒り出しましたが、自身の神としての誓言が彼の首を切り取ります。その際に、彼は自分の7人の娘に伝えました。自分の頭を地上にそのまま置いたら、地上が燃え尽きてしまうだろう、空に置いたら雨が降らないだろう、海に置いたら海が干上がるだろうと。

父神の頭を受け取った長女トンサデヴィは翌年から、父神の頭をその年の正月を担当する妹に引き継ぐことにしました。梵天の頭が地上に災厄をもたらさないように、新年元旦の曜日を担当する娘の一人が、昨年担当の娘から梵天の頭を引き継ぎ、年越しの際には地上にある最も高い山(一説にはカイラス山)を廻って祈り、最後にその頭を山頂にある寺に祀ることになったのです。

梵天の娘である女神(テヴァダー)が地上に降臨する時間は、宮廷の占い師が決めるとも言われています。古来は太陰暦に連動して、惑星の位置などをもとに日時が決められていたようですが、近年は太陽暦4月13日もしくは14日を正月とする設定を優先するために、古来の伝統は失われているようです。近代以降、カンボジアとほぼ同じ仏暦正月設定をしているのが隣国のタイですが、ラオスやミャンマーは、また異なった仏暦正月の計算法を持っていると聞いたことがあります。
ちなみに、カンボジアやタイでは釈迦が入滅した翌年を仏滅元年としていますが、ミャンマーやスリランカでは入滅した年としているため、そもそも国によって仏暦の年数そのものも国によって1年ずれているようです。

梵天の7人の娘の名前と曜日の担当、女神へのお供え物は下記の通りです。左手の持ち物、右手の持ち物、髪に飾る花、宝石、乗り物なども女神によって異なりますが、ここでは省略します。カンボジア女性が伝統行事で着る服の色は7色あり、曜日によって異なるのですが、こういった伝承とも関係があるのかもしれませんね。

日 トンサデヴィ、ルヴィア(熱帯に育つイチジク属クワ科の木の実で毒がある)
月 コリキァクデヴィ、油
火 ラクサデヴィ、鮮血
水 モンディアデヴィ、鮮乳
木 キリニデヴィ、豆と胡麻
金 キミラデヴィ、バナナ
土 モホトリアデヴィ、羚羊の肉


今年の元旦は金曜日の16時00分ですので、キミラデヴィが降臨し、昨年度の姉妹より父神の頭を引き継ぎます。お供え物はバナナです。

その他の女神へのお供え物ですが、ルヴィアには毒があり、その年は賄賂が横行し貧富の格差が広がると言われています。鮮血は災いが降りかかり戦争や紛争のある年、羚羊は病気が流行する年と言われています。

この伝承で伝えられる時期がクメール族の正月となりましたが、その開始時期は不明です。元旦のことをマハー・ソンクランと言いますが、これは古代インドのサンスクリット語マハー・サンクランティが語源です。クメールの歴史は、インドに加えて中国からも文化的影響を受けており、日本の神仏習合のように、古代インドのバラモン教やヒンズー教、そして現在の国教である上座部仏教などが融合し、独特の解釈や物語が育ち、残されてきました。ちなみに、バンコクで最も有名なエラワン廟に祀られているのもこの神様です。日本でも伊達政宗の幼名梵天丸の由来であるなど、様々な国の伝承と繋がっています。

結構長い文章になりました。カンボジアに長く住んでいるだけで、こういったことの専門家ではないので、事実誤認等ありましたらご指摘ください。

(数年前の投稿をもとに一部改訂)

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