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蛙鳴戦争(アメイセンソウ)

薄暗く湿った路地を、群青のスケイルスーツに身を包んだ男が洗練された動作で移動していく。水たまりを避け、生い茂る苔や藻の上を飛び石のように無音跳躍。派手に水音を立てようものなら、標的にすぐさま感知されてしまうからだ。

(それにしても、嫌になるね)
周囲の壁や屋根の縁からそれぞれ一定の間隔で滴り落ちる多重水滴音は、故郷の雨音を想起させる。
(こんな日に限って晴れとは。相変わらず、運がない)
いつもの天候であれば水たまりや多少の音など気にせずに済むのに、と独りごちつつ目標地点に到着した。大腿部のホルダーから30cm程の小型銛を引き抜き、標的を視認。一息の後に物陰を飛び出し、獣の如くしなやかな動きで背後を取る。

「標的」は四肢を持ち、地上では二足歩行をする。猫背で頭部が肥大した人間と言えなくもないが、地球人の認識で言えば蛙などの両生類を連想させる姿をしていた。この街は元々、豊富な水資源を目的とした移住人類の活動拠点として建設されたものだ。しかし、原生異星人の反抗により現在はその三割を実効占拠され、争いは続いている。

ズブッ!!
「ゲャ!?」
急所に過たず銛を突き立てられた蛙星人はまともな声も発せずに絶命。男は死体が倒れこまないようにそのまま抱え上げると、銛の持ち手の部分に収納されている吸着フックを展開し、立っているように見える高さで死体を付近の壁に固定した。多少のカモフラージュにはなるだろう。次の標的へと向かう前に建物内部の安全を確認すると、男は浅く溜息をついて煙草を取り出した。

彼はこの星の関係者ではなく、あくまで仕事として地球から派遣されているにすぎない。煙草も碌に吸えない水浸しの星なんてやっていられるかというのが正直なところだ。

だから、隙を見てはこうして紫煙をくゆらせるのだった。
水中であろうと燃え続ける特殊助燃剤が配合された煙草の不味さは、奴らへの殺意を再点火させるに余りある代物だ。

【続く】

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