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【息ぬき音楽エッセイvol.2】MoondogとMiloslav Tichý by 村松社長

みなさまこんにちは。カロワークスの村松社長です。
まだまだ収束とは言えない状況が続きますが、6月から外出する機会が増えた方も多いのではないでしょうか。
東京では通勤ラッシュも(以前ほどではないですが)復活してきていますね。”朝 家を出て、電車に乗り、働き、夜 家に帰る”ということが、当たり前のこととして繰り返される日々が戻りつつあります。
しかしながら、気軽に外に出られず、電車に乗って街へ出ることもままならなかった春のことを思い出すと、「外」や「街」という言葉の意味や捉えられ方が、これまでになく変化した(させられた)ような気がします。
そこで今回は、街/ストリートと関係の深い、二人の愛すべき変人(!)をご紹介したいと思います。

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まず一人目は、Moondogという名前で知られるアメリカ生まれのミュージシャン、Louis Thomas Hardin(1916-1999)です。
彼の音楽はネイティブアメリカンからの影響が大きいようですが、ミニマルミュージックをはじめとした現代音楽、フリージャズ、クラシックなどにも影響を受け、また影響を与えたユニークなもの。

自ら自分の音楽を「スネークタイム」と称していたそうですが、確かにヘビが這い回るような途切れない独特のリズムです。

比較的有名で聴きやすいので、まずはこの曲をどうぞ。

彼は小さい頃から自作のドラムで演奏するなど音楽の才能に恵まれていましたが、17歳の時の事故で全盲となってからは音楽理論や作曲法などをほぼ独学で身につけたそうです。
そして27歳の時にニューヨークへ移り、1940年代末からドイツに移住する1974年まで、ニューヨーク・マンハッタンでストリートミュージシャン・詩人として佇むことになります。

この頃のMoondogさんは自作のマントとサンダル、北欧神話を題材にした被りものという出で立ちでした。本人はこの格好のことを「北欧哲学」と言っていたそうですが、やばいですね。カッコよすぎです。

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©️Peter Martens

いつも53丁目と6番街の交差点にいたので、人々は彼のことを「6番街のヴァイキング(the viking of 6th avenue)」と呼ぶようになりました。

ニューヨークにいる間にレナード・バーンスタインやベニー・グッドマン、チャーリー・パーカー、アレン・ギンズバーグやジャニス・ジョプリンといった錚々たる人々と交流して商業的にも成功を収めるようになりましたが、1974年にストリートを離れドイツに移住してしまいます。

ちなみに彼は何度か結婚していて最初の妻が日本人なのですが、彼女・Suzukoさんが三味線と歌、台詞で参加している「Lullaby」という曲があります。この曲が入っているアルバム「Moondog」(1956年)も超名盤なのでぜひ…!

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二人目にご紹介するのは、チェコ生まれの写真家Miroslav Tichý(1926-2011)。チェコ語はなかなか馴染みがないので読み方が難しいですが、ミロスラフ・ティッシーと読みます。私は「ティッシーおじさん」と勝手に呼んでいます。

ティッシーおじさんはボロボロの服を着てホームレスのような生活をしながら、ダンボールやパンツのゴム、配水管で自作した望遠レンズ付きのカメラを使って撮影をするという、いわゆる「アウトサイダー」アーティストとして有名です。

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© Roman Buxbaum, 1987

しかし実はおじさん、もともとプラハの美術学校で学びモダニズム画家を目指していました。1948年の政変でチェコが共産主義となり、労働者を描くように言われたおじさんは断固拒否して兵役を強制されます。
その後生まれ故郷のキヨフに戻り、両親と暮らしながら絵を描き続けていましたが、1968年にチェコがソ連に占領されると私有財産が国有化。アトリエから追い出され、それまで描いてきた作品も路上に投げ出されてしまいます。
そしてそこから、ストリートで生きる写真家・ティッシーおじさんとしての生活が始まりました。

絵筆の代わりにカメラを手にしたおじさんは、キヨフの街を放浪しながら毎日100枚ほどの写真を、45年ものあいだ撮り続けました。
被写体はすべて見知らぬ女性。通りやバス停、広場や公園で、自作の望遠レンズを使って相手に気づかれずに撮影していました。
いわゆる盗撮ですね。今やったら完全にアウトですが、露出不足や露出オーバー、ピンボケ、暗室作業の失敗などが相まって、不思議と魅力あふれる写真なんです。

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© Miroslav Tichý

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© Miroslav Tichý

キヨフでティッシーおじさんが放浪している頃、ニューヨークではMoondogがあの格好で佇んでいたわけです。すごい時代…。

おじさんは展示をしたり、誰かに見せるために写真を撮っているわけではありませんでした。ほとんどが1枚のネガから1枚しかプリントせず、手作りの額に入れられました。

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© Miroslav Tichý

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© Miroslav Tichý

そんなおじさんが一躍脚光を浴びたのは、2004年に伝説的な超大物キュレーターであるハロルド・ゼーマンによって「発見」されたからです。
チューリヒやパリのポンピドゥセンターで大規模な回顧展が開催され、おじさんの写真は1枚12,000ユーロもの値段で取引きされるようになりました。

ここで、2007年に作られたおじさんのドキュメンタリー映画『WORLDSTAR』(監督:Nataša von Kopp)のトレーラーを観てみてください。

「こんなに有名になって嬉しいですか?」という質問に、「いや、興味ない」と返すティッシーおじさん。「作品」のように仰々しく美術館に並べられた写真には、なぜか滑稽さすら感じてしまいます。

60年代、ビートニクの代弁者として祭り上げられたMoondogも、本人の意図とはかけ離れた解釈がなされ、大げさに「伝説化」された一人と言えるでしょうか。
私には、Moondogもティッシーおじさんも、街/ストリートこそが生きる場所であり、誰にも奪うことが許されない神聖な場所であったように見えます。

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ティッシーおじさんの映像を紹介したので、Moondogの方もどうぞ。
『The Viking of 6th Avenue』(監督:Holly Elson)トレーラー
Kickstarterでドネーションが募られ現在制作中のはず…。
完成楽しみにしてます!


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