見出し画像

感情が失われる時。体だけが置いてけぼりの時がある。今の私は記憶のみで言葉を紡いでいる。心が私を置いていった。早く戻ってきてほしい。何もできない。感情も独り言も何も出てこない。人は心があるから生きていける。心が楽しくないなら体が平気でも、やけに疲れてくる。今は記憶のおかげで助かっている。

記念すべき初投稿は“心”について編んだ言葉たち。もう一度言う。記憶のみで書いている。

2023/10/25(水)
今日私はとても不思議な娘と出会った。ずっと前から出会っていたはずなのに、お互いがお互いを知る機会はあまりなかった。今日は心同士の出会い。※それでも私の心は終始置いてかれそうになる。
 私の心はとても欲張りなのだ。私の心をちぎっては思い出と共に過去の引き出しにしまう。思い出したい時、“運”んできてくれるように。おかげで※私の心は置いてかれる。
 帰る頃にはなくなりかけていて少し焦ったほどだ。ただそれも無理はない。なにせ目の前で起こる出来事も夢のように思えるひと時だったのである。体感では瞬きを二、三回程度だろうか。時を共にした彼女の瞳は今を捉えようと涙が流れるほどだ。時間と体感がここまで違うとはおもしろい。時は飛び、星は流れ、雲が止まる。過去を戻して道を改め、満足の今に寝そべりながら月を見た。その時の彼女の話し声は今までとは少し違く、とても安心感を覚えた。着飾らない彼女の声を、僕は本音と呼びたい。動かぬ雲が風に乗り月を隠した頃に私たちも車に乗り今をあとにした。静かな虫や雷にやかましい信号と車。周りにはだれもいない。ただひたすらに命を運ぶこの瞬間に身を委ねる。今を存分に感じて生きた。今を生き続ける私たちは何も進まない、はず。
なのに、時は止まるどころか針を戻しては私たちを待った。
人も信号も法も道路も時間もあって当たり前だと思っていた。そうして気がつくと心が体に追いついたのか、はたまた夢が現実に戻ったのか分からないが時計の針が一気に巻かれていた。
 帰る頃には彼女に伝えたい感情が見当たらない。少し悔しかった。最後に振り絞った言葉もきっと彼女は覚えてない。彼女の耳には心を込めた音じゃないと響かない。そう、今日私は不思議な娘とであったのである。

今日を家に持ち帰り心の引き出しを覗いてみた。“ありがとう”が溢れていたのである。どおりで声が出せないわけだ。今を味わい咀嚼にも心がけていたつもりだった。詰まった気持ちを彼女が教えてくれたこの場で消化する。しかし今日は持ち帰るどころか溢れて色々落としてきてしまった気がする。明日は昨日のありがとうを拾いながら登校でもしようかな。

さて、今日はいい日だった。満足である。それなのに私は眠れない。なぜだろうか。きっと心が私を置いて楽しい然り日へと会いに行ったのだろう。ありがとうを溢しながら。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?