いいときも、わるいときも自分の取説を作るのが吉。

はいはい。どーも、鬱から開けて、やや躁ぎみのしがらみ子です。

記録してまとめて、取説にすることにしようって思ったのは、
自分で自分のことを分かってなさすぎるということにようやく気が付いたから。

わたしという人はiphoneみたいに直観的操作ができないOSなんですね。

悪いときは、
味覚が変わる。
甘いものへの異様な欲求。
カフェインへの異常反応(すぐ寝れなくなる)
常にうっすら頭痛。
肩甲骨付近の痛み。
便秘。

いいときは、
カフェインで元気チャージ。
お腹がほとんど空かない。(一食で満たされる)
身体が軽い。
快便。

昔、優秀な男性の上司が、「僕は体調悪そうだとか、外見の変化に気がつけないけど、仕事を注意深くみてる。メンタルや体調が悪いと人はいつもできてたことが、急にミスがあらわれる。できなくなるんだよ。そして、本人もかなり無自覚。」

当たり前に頑張ってると、頑張ってないことになるのは変だ。
当たり前を頑張っている、自分の身体に感謝しよう。
何の因果かわたしというものになってしまった、わたしの身体に。

ありがとう。えらいね。
わたしが、わたしで、えらいね。
お礼に楽しいこと、うれしいこと、たくさんしてあげるからね。

愛してるからね。と、調子がよければ言える。

もっと調子がいいと、
あー、わたしの身体の部品を分けてくれた両親、ありがとう。と言える。

ありがとうございます。
わたしを、存在させてくれて。

だけど、こう感じることに関して、
自分の調子を判断しないほうがよさそう。

なんで、こう思えないんだ。
わたしはだめな人間だ。という負の感情にやられてしまう。

あくまで身体性を伴う、感情、感覚を。

あらー、今身体が悪いんじゃない?
ちゃんと寝れてる?
お腹の調子は?
痛いとこは?

チェック項目と、対処方法を決めておく。

寝れてないならメラトニン飲もうか。
整腸剤飲もう。
痛み止め飲んで、カフェイン、甘いものはやめとこか。
ゆっくり風呂入って、寝る。

これで回復しなかったら速攻病院。

リストをつくるところまでやっておけば
考えずにやるだけ。

いいときにやることは、悪いときの対策。
わるいときにやることは、対策の実行。
悪いときに、悪い感情があって当たり前。
そして、感情そのものは悪ではない。

ていうか、責めるって必要ないんだよな。
間違えたら、訂正、修正すりゃいいだけだもん。
本当に自分をいじめてないか?を考えなくちゃいけない。
しかしこの考える、というのはまた気分の影響を受けてしまうので、チェックリストがあるといいような気がする。

その言葉、同じミスした友だちにも言う?って。

友だちがいてくれてよかった。
選べる人間関係が、わたしを救ってくれた。

サポートしてくださる方が、もしもいるなら、そのお金で買ったものを書こうと思います。 生きていてよかったと、思わせてくれてありがとう。