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20世紀は何の匂い?失われつつある”嗅覚の遺産”を未来に残せ!

歴史を記録する手段といえば私たちは専らテキストや映像を思い浮かべるでしょう。しかし、技術の進歩はその常識を変えつつあります。ロンドン大学の研究者達が着目した記憶に直結する記録の方法とは?

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◎”Scent from the Past”(過去から漂う香り)

過去を記録する主要な方法といえば何といってもテキストです。それ自体はシンプルな形状である文字ですが、組み合わさる事で言語というメディアになり様々な情報をほぼ無限に記録する事ができます。19世紀後半にはここに音声という方法が加わり過去の聴覚体験を保存する事が可能となりました。更に映像の登場により過去の視覚、聴覚体験をよりリアルに後世に伝える事ができるようになりました。

こうした進歩の最新版がロンドン大学の研究者達が進める”香り”を分析し、記録・再現できるようにするという取り組みです。研究者達は英国の文化にとって特に重要とされる香りを分析し、”香りの遺産”として保管する事で、その背景にある文化と物語を記録しようとしています。

香りがもつ記憶を呼び覚ます力はな大きなものです。香りを感知する嗅球(①olfactory bulb)と呼ばれる脳の器官が記憶を司る扁桃体と海馬に直結しているためです。文学の世界ではマルセルプルーストが紅茶に浸したマドレーヌの香りにより子供時代の記憶が蘇る体験を文学作品に昇華させています。

更に希少性の高い香りにはより強く過去の記憶を呼び覚ます力が備わります。現在の香りと異なる事で特徴が際立ち強い印象を引き起こすのでしょう。パブに漂う古くなった煙草(②stale cigarette)の匂いはその一例です。今や煙草を吸う人自体が少なくなっていますので稀にそうした古い煙草の匂いがすると、関連する記憶がありありと蘇ってきます。現在の動向としては幸いにも自動車の排気ガスが同じ運命を辿りつつあるようです。

では問題は一体どんな香りを保管するのかです。製鉄所が吐き出す(③belching)噴煙、ビール醸造所、ポール大聖堂図書館の本と革製家具の匂い、海辺の潮の香り、自宅で焼いたパイの香り、タイブライターのリボンの薬品臭など。これらは英国の歴史を体現する記憶と物語です。決して芳香というものばかりではありませんが、オランダの研究者達よりまだセンスが良いようです。オランダの研究者が分析して保管しようとしているのは、なんと欧州チャンピオンシップでオランダが優勝した時に使われた更衣室の匂いだそうです。勝利の香り、、ですか。

□本日のポイント■■■

①olfactory bulb /嗅球

全脳の端っこにある部位を名前で、嗅細胞が受容した匂い分子を分析して匂いの情報として脳の感情や記憶を司る分野に伝達します。
特定の匂いをかぐと記憶がありありと蘇るのはこの為です。プルースト効果と呼ばれる現象で、匂いで幼い頃の記憶が蘇る”失われた時を求めて”の描写に由来する呼び方です。

🔳 In the brain the sense is handled by the olfactory bulb, a structure directly connected to the amygdala and hippocampus, regions associated with memory and emotion.

(試訳)脳内で嗅覚を司るのは嗅球であり、直接的に扁桃体と海馬につながっている。それらは記憶と感情が関係する領域だ。

② stale /古くなった

食べ物が新鮮でなくなってしまっている状態を言う言葉です。ここでは煙草がstaleになっているという言い方ですが、煙草が新鮮さを失うと含有する水分が蒸発してしまうため早く火が回って匂いが変わります。食べ物以外にも例えばstale ideaといえばつまらない考えという事になります。

🔳When smells are pervasive they can be barely noticeable, but they assume an evocative intensity when rare. The smell of stale cigarettes in a pub would now be noticed.

(試訳)香りがどこにでもあるものである場合気に留める人も稀だが、いざ希少なものとなると強く記憶を喚起するものとなる。現代ではパブに漂う古いタバコの香りも鼻につくものとなった。

③belch/げっぷ

胃から上がってきた空気が喉の所で音を立てる、げっぷです。burpという言い方もありますね。ここでは人間のげっぷではなく、噴煙を撒き散らす工場を表現しています。こうした工場は設備が改善されたり海外に移転したりして英国ではありふれた光景ではなくなっています。

🔳The power of a sudden and unexpected whiff of the past to recreate instantly a scene from childhood: football on a rutted field in the shadow of some belching factory

(試訳)とっさに、予想しない形で過去の香りを嗅ぐと子供時代の光景が蘇る。煙突から煙を吐く工場の陰で轍のある路面で興じたフットボールなどだ。

◇一言コメント

”Scent from the Past”のfromはちょっと何かありそうです。Scentがsentの掛け言葉になっている様です。過去から匂いを通じて送られてくる思い出や記憶という感じですね。

分子を解明し再現できるようになれば匂いを記録する事で過去を記録する事が可能となります。車の排ガスなども過去の忌まわしい汚点として歴史に記録され、我々の子孫もこんな酷い匂いが至る所でしていたのかと驚くのかもしれません。ウィスキーやワインもある意味過去から未来に匂いを伝える側面がありますが、匂いそのものを記録できるようになるのは歴史記述のイノベーションとなるように思います。

個人的には祖父が果物農家だったので、葡萄の香りを嗅ぐと子供時代を思い出します。


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