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死んだ魚の眼をしているね

私の人生はきっと、正しくて、真っ当で、褒められたようなものじゃない。
私の人生は間違っている。
でも、それだけなら珍しいことでもないだろう。

人生は無数の選択の連続である、とよく言うが、正確には選択というより分岐点というのが近しいのではないかと私は常日頃から思っている。
選択権が人生の主体者に与えられるとは限らないからだ。
いくつも分かれ道が折り重なって膨大な数を成し、私達は生きている限りこの分岐をどちらかに進み続けなければならない。望もうと、望むまいと、必ず進んでしまう。

毎日分岐に駆られるうちに、自分がどの道を歩いてきたのかわからなくなる者が出てくる。どうしてこの道を選んで、なんのためにここまで来たのかが不明瞭になり、道に迷ってしまう。

迷いがあれど、分岐点は避けられない。
だが当然、指針のない選択をしていれば、確率論的にいつかは必ず間違いを生む。小さな間違いが積み重なって気づいた頃には取り返しの付かない場所に居たりするのだ。

彼らは誤謬の先で立ち尽くす。
そして言うのだ。

「一体どこから間違えたのだろう?」



私の場合は、どうだろうか。
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今日は7月17日。
今年の7月の第三月曜日であり、海の日、、、国民の祝日である。
全長1kmほどに渡って湾状に伸びる砂浜海岸。
その各所に点々と海水浴客の姿が見える。数人の男子グループや、家族連れ、カップル、釣り人、まだそれほど混み合ってはいないが、色んな人が屯している。でも、見渡す限りでは、私のような奴は、私一人だけだ。
ぬるい潮風が吹き抜ける。
小高い岩場に茂る蒼松の陰から私は小さな磯の海岸を見下ろす。

たった一人で座っている。
目的もなく波間を覗く。
ただ時間だけが過ぎていく。

しばらくすると、私のちょうど真下の磯の近くに、三人組の若い男たちがやって来た。何やら楽しげに雑談しながら海に足を着けていく。おずおずと足を踏み出し、身体が深く浸かるたびに悲鳴のような声を上げて騒ぎ立てる。
三人のうち一人が何を血迷ったか助走をつけて勢いよく海に身を投げ出した。

「、、、馬鹿だ、あいつ。」

そこは砂浜と磯の境であり海中には表面がヤスリのように尖った岩場が広がっている。案の定、飛び込んだ少年は手足を擦り切って痛みに悶絶しているようだ。
しかしその少年は同時に笑ってもいた。頭がハイになってる。

学生、特に男はこういう一時的な感情に流されやすい人間が多くて嫌いだ。私の周りもみんなそうだった。
でも、けして悪人なんかでは無いのだ。進学やら就職やら、人間関係といったことなどは、全く見えていないのだろう。けれど、彼らは彼らの生きたいように生きている。その場しのぎでも、傍から見たら哀れだったとしても、彼らは笑えているのだから、これ以上のことは無い。
最近そう、思えるようになった。
今の私なら、もっとクラスに馴染んで、友達や彼氏が出来るだろうか。
まぁ、どうでもいいことだけど。


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3人組は手を替え品を替え色々な遊びをしている。そして直ぐに飽きて別のことを始める。
スイカを割ったり、カニを虐めたり、炭酸飲料で遊んだり、どれも何が面白いのか分からないが、見てて飽きないことは確かだ。
が、彼らはしばらくすると割ったスイカを持ってどこかへ行ってしまった。
見世物がいなくなって手持ち無沙汰になったので、なんとはなしにスマホの画面を眺める。熱い日差しの照りつける海沿いでは、日陰でも相当に明るい。眼を凝らして真っ暗になったスマホの画面を見つめた。

「あれ、もう12時だ。」

ここに来たのは明け方だったのに、いつの間にか随分と時間が経ってしまっていた。
失念していた時間の経過に気がつくと、身体がそれに追いつくかのように、体調が崩れてきた。
ひとしきり咳をして落ち着いたので、岩場から降りて、波打ち際に足首を浸した。
指の間を砂と泡が抜けていく、洗われるような感覚が気持ちいい。

波間から、一匹の蟹が足元に近づいてきた。

「さっきの男たちに虐められてた蟹かな?」

私はおもむろにしゃがみこんで、私の前を横切ろうとする蟹を素早くつまみ上げた。
宙吊りになった蟹は、沢山の脚を必死動かしてもがく。しかし、甲羅をつままれているのでなんの意味も成さない。
私はつまんだ蟹を数十秒の間じっと見つめて、考えた。
そして、十本ある脚を一つ一つ指でつまんで、引きちぎった。蟹の体には僅かにぬめりがあり、中々上手くつまむことが出来ない。
格闘数十秒。八本を引き抜いて、残りは両手のハサミだけとなった所で打ち止めにした。
なんとも弱々しく、無惨な姿になってしまった。
私は蟹を海に向かって放り投げた。
なされるがままに蟹は宙を舞い、小さく飛沫しぶきを上げて海に落ちた。


「うわあ、可哀想なことするね。」

突然後ろから声がしたので思わず、えっ、と声を上げてしまう。
振り向くとそこには私と同じくらいの年齢に見える少年の顔があった。

「えっ、、、、誰、、、ですか?」

少年は白い無地のTシャツに半ズボンを履いていてる。
軽い服装から細長い手足が覗く、運動などとは無縁そうな細腕に似合わず全身が黒く日焼けしている。
少年は私の目を見たまま石像のように動かない。かと思いきや突然首を傾げ、どこか皮肉めいたような笑みを浮かべて、私に向かってこう言った。



「君さ、死んだ魚の眼ぇしてるね。」

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次回のお話
二話「帰りに轢かれて死ねばいいのに」

三話「いつか死ぬのに生きる意味ある?」







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