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今になって分かってきた恩師の言葉

こんにちは BOKUです。
頭の片隅にずっと残っている恩師の言葉があります。
それは中学生の頃の理科の先生からの僕の将来を予言するような言葉でした。
今回は恩師の言葉の意図について、こういうことなのかもしれないと
自分の中でふと溶けたことについてノートにまとめてみます。


ずっと残っている恩師の言葉

「君は、研究者に向かないよ」
中学生の頃の僕は、理科の実験が好きで、将来は科学者になりたいと思っていました。当時、総合的な学習の時間(自分で好きなコースに取り組めた)では、理科の実験する授業を選択していました。
ある日、理科の先生に「どうしたら将来研究者になれますか?」と聞いてみたことがありました。
すると「実験のどんなところが好きなの?」と先生に質問され、
当時の僕は「予想した通りに実験の結果が得られたときが好きです」と答えました。
その返事のあとに、「君は、研究者に向かないと」言われました。
(ざっくりいうとこんな話の流れで言われた言葉だったと記憶しています。)
そんな答えが返ってくると思わず、ポカンとしてしまったこと、どうしてそんなこと言われたのか?ずっと頭の片隅に残る言葉でした。

ずっと頭の片隅にありながら、疑問を疑問のままにするような、しっかりと向き合ってこなかった言葉でもあります。

その後、理系の大学に進み、研究室での生活を経験するも、研究の道には進まず、地元の公務員になっています。先生の予言通りになってますね。

やっと過去の自分の言葉に向き合う

「予想した通りに実験の結果が得られたときが好きです」

過去の自分の発言を改めて考えてみると、テストでいい点数を取ることが喜びだったり、良い結果が自己肯定感を高める方法だったからこそ、出てきた発言だったのかもしれません。すでに分かっている実験、理論を学びそれを忠実に再現できる喜び。成功という結果を得ることに喜びがある。自分が思った通りにことが運ぶことに喜びを感じる。うまく言ったら嬉しいのは分かるけれども、これって魅力的なことなのか?っと。

自分はこうだと予想したけど、実際やってみると違う結果になった。おもってもない結果なんだけど、もしかしたら、今まで知られていない未知があるのかも。それをもっと知りたい。

自分が思った通りにならなくて、結果も出なくて苦しい。苦しいんだけど、まだ方法や切り口はあるはず。次はこれを試したい。こうしたらできるかも。このアプローチ楽しいかも!ワクワク感がある。

まだ誰も挑戦していないことだから、挑戦のしがいがある。

やっと過去の自分と向き合えた気がします。これが答え、先生の言いたかったことかどうか分かりませんが、ちょっと大人になった僕はこう読み解きます。

すべてがわからないから、魅力的だ。

まとめ

正体がわかっている。まとも。再現性がある。共通的にみんなが理解している。そんな「価値」
一方で、正解がわからない。なんだか惹きつけられる、枠からはみ出たところがどうなるんだろうという部分の「魅力」
やってみないと分からないに魅力がある。

「価値がある」≠「魅力がある」

価値と魅力はどちらも大切だと思う。
どちらも大切だからこの質問をしたい。
魅力が失われることと、価値が失われることのどちらが人にとっての恐怖なのか?


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