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救いの声(揺らぎ)

今日は、全国的に月が降るところが
多いのでしょうか?
いきなりの雪で
私は車で買い物に行くのにも
雪かきから何やらで大変でした。

本屋にも寄って
帰宅しました。

なんだか、気を揉んでしまいそうな気配・・・。
分かるのです。
自分のメンタルが
弱くなっていくことが・・・。

外から誰かの声が聞こえます。
なんだか子供の声のようです。
つけたラジオを消して
自然の音に身を委ねてみます。

雪はしんしん積もります。
隣には子供さんのいる家があります。

私だけでしょうか?
不安なとき、落ち込んでいるとき
どうしようもないとき
自然の川のせせらぎや
子供たちの元気な声を聞けることによって
なんだかすごく癒されます。

子供は残酷な面もあります。
なんでもはっきりいうからです。
そういえば自然だって同じです。
お正月に私たちは震え上がったばかりです。

人生には「揺らぎ」が必要だと思っています。
昔流にいえば
「風流」とでもいうのでしょうか?
何事にもこの世界に「完璧」はないし
全くの「絶望」もないからです。
子供たちの声を聞くとわかります。
彼ら彼女たちはあるがままを楽しんでいるように感じられるからです。

だから、型通りのラジオを聞くより
自然の音や子供たちの声は
揺らぎを感じれるので
安心できるのではないでしょうか?

子供たちの声を聞けて
自分も子供だったように
素直で痛いと思います。

雪が降って
いつものように出かけることもままなりません。
そんなときはMacBookで
自然の音声を楽しむこともまた
風流なことではないでしょうか?


動物の中でリズムを刻めることのできるのは
人間しかいません。
だから音楽などが楽しめることが
できるのだと思います。

禅の世界では
「風流ならざるところもまた風流」
と言って
自分では嫌な思いを体験しても
それもまた一つの「風流」として
とらえます。

「揺らぎ」や「風流」
一見なんの役に立たないものでも
ちゃんと自然の中には
役に立っていることもあると
書きながら、改めて理解できました。

そういえば今日は「成人の日」
今年「成人」になられた方々に
「おめでとうございます」と言いたいと思います。

いつでもきちんとしていることも
社会人として大切なことです。
しかし、ときには
人として他の人に思いやりのとれるような
少々の揺らぎのある大人になって欲しいと
願って終わりにします。

今回はここまで
では また
おわり

macurocuoさん素敵なイラストありがとうございます。

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