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どんくさいけど、明るい母ちゃん



「あらら。おなべこがしちゃった」
 台所から、いつもの母ちゃんの声がした。
 オレの母ちゃんは、何をするのもゆっくりで、特に二つの行動を同時にとるのがにがてらしい。
 先日、父ちゃんの車を運転中、アクセルとブレーキを踏み間違えて、玄関のとびらをこわしてしまった。
「もう、貸さない」
 父ちゃんに言われていたが、オレも絶対に乗せてもらいたくない。
 仕事についても、失敗が多く、長続きしないので、今は専業主婦だ。
 片づけはするが、たいてい掃除機やちりとりなどが定位置にないから、家事もとくいじゃないようだ。
 ある日の夕方、母ちゃんが言った。
「逞、悪いけど、夕はんは、肉じゃがから、お好み焼に変こうね。玉子、三個割ってくれる?」
 五年生のオレにとって、玉子を割るぐらいどうってことはない。
 ちなみに、お好み焼は、母ちゃんの得意料理ではない。なべのコゲつきを、こそげ落とすのには、玉子のカラが一番だから、玉子料理なら何でもいい。
 しかし、茶碗むしや、オムライスは、失敗するだろう。ホットプレートでのお好み焼なら大丈夫だろう。
「ウフフ。逞は、玉子を割るのが上手になって、助かるわ」
(そんなこと、上手になってもしかたないだろう)
 と思いながらもあっけらかんと笑う母ちゃんと、二人で楽しくお好み焼を食べた。
 今夜も、父ちゃんの帰りは、仕事でおそかった。
 
 次の日、俺は熱で学校を休んだ。カゼだと思っていたが、その日の夜は、母ちゃんが高熱。
 翌日、二人で病院に向かい、診だんの結果、共に新型コロナウィルス感染症であった。
 オレの症状は、カゼと変わらなかったが、母ちゃんは三十八度を超える高熱が、三日続いた。
 その間の家事は、父ちゃんが仕事を休んで引き受けた。
 もともと母ちゃんは、料理上手じゃないから、父ちゃんの電子レンジを使ったレトルト食品や、冷凍食品は、そこそこおいしかった。
 だけど、ここ数日、家の中の会話が少なく、笑い声がしないのはなぜだろう。
 たぶん母ちゃんがコロナにかかったことで、父ちゃんまでが、元気をなくしたからだろう。
 どんくさくて、失敗も多い母ちゃん。
 でも、かせげない分、お風呂の残り湯を洗たくやそうじに使ったり、ノビルや菜の花など、食べられる野草を採ってきて、がんばって節約していた母ちゃん。
 何よりも、いつも明るくて、ほがらかな母ちゃん。
 きっと父ちゃんは、病気で弱っている母ちゃんを見ているのが、つらいんだろう。
 オレは、寝ている母ちゃんと、そのそばにいる父ちゃんに言った。
「オレ、もうだいぶ快くなったから、何かしてほしいことがあったら、言ってよ」
 すぐに母ちゃんは、青白い顔に笑顔をうかべた。
「ありがとう。でも、まだ逞も本調子じゃないもの。気を使わないでね」
「こんな時くらい、父ちゃんに任せろ」
「でも、父ちゃんは、仕事が……」
「安心しろ。どうせ濃厚接触者だから、仕事には行けない」
「わかった」
 
 母ちゃんは、完全に回復するまで、オレよりも日数がかかったが、一週間後には、元の明るい母ちゃんにもどった。
 その後も、母ちゃんにはイライラすることもあるが、オレはもちろん、父ちゃんも、こんなどんくさい母ちゃんが大好きで、家族三人、元気ですごせて、幸せだ。
 


二年くらい前、藤田冨美恵先生の「短い童話を書こう」という通信講座を半年余り受講していました。
以前投稿した「クリスマスローズと二わの鳥」の話もこの際に添削して頂きましたが、次の話がなかなか書けず、一月以上経過してから新型コロナウィルスに罹患してしまい、その時に書いたお話だったりします。
(この時点ではまだ五類に移行していませんでした)
このお母さんのモデルは私自身で、どんくささはそのままですが、性格はもっとネガティブなので、こんな風に明るく前向きになれるといいなあと思って書いていました。
ちなみに、逞少年は、息子よりずっとしっかりしています(^^;

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