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中学デビュー

よくよく考えたら、「主人公」なんていつも一人で、ほとんどの人は、フツーの人なんだよね。自分が「主人公」になれない方がよっぽどフツーで。だから、わたしはフツーでいいんだよ。フツーを目指そう。それが、フツー。

よし、フツーで行こう。

さて、わたくし、トウトは、中学一年生とあいなりまして、「中学デビュー」を果たそうと考えております。
(ガッツポーズをする。)
ワーワー!!
ヒューヒュー!!
イェーイ!!
(トウトの脳内で、拍手と歓声が上がる。)
今まで、クラスでは目立たず、友達も少なく、パッとしない小学校生活を過ごしてきましたが、明日から中学生。委員会に入って、部活にも入って、目立つ係なんかもして、三年生になったら委員長。部長。素敵な恋愛もして、それはそれは、すばらしい青春を謳歌する所存であります。
(敬礼をする。)
キャー、トウトさーん!!
せーの………、トウトーーー!!!
(トウトの脳内で、トウトの名前を呼ぶコールが響き渡る。)
クラスの人気者。友達たくさん。後輩に尊敬される先輩。目指せ、「中学デビュー」!!
………というわけで、おやすみなさい。

という演説を、自分の部屋で、お気に入りのぬいぐるみたちの前でやったのが二週間前、入学式の前日だった。中学校生活が始まってみると、二週間が経ったけど、小学校のときと変わらず、パッとしなかった。
いやね、分かってたんだよ。中学生にもなって、自分の部屋で、ポケモンのぬいぐるみの前で演説してる時点で、自分はイタいやつなんだって。でもさ、ちょっとくらいは、「いいこと」があったっていいと思うんだよね。
「お母さん。今日、委員会決めだったんだけど、全部、投票で負けちゃった………」
「あっ、そう。残念だったね。じゃあ、お風呂洗っといてよ」
お母さんは、そう言って夕方のテレビを見ていた。つめたい……。

部活動は、バスケ部に入ろうと思った。なんかバスケがうまいって、かっこいいじゃない? 初めての仮入部は、すごく楽しみにして行った。でも、外周を走るのがすごくキツくて、体づくりが大事とかって言って、腕立て伏せとか、腹筋とか、筋トレして。やっとボールに触れるって思っても、ハンドリングとか言って、ボールを体の周りでクルクルして、その頃には、もうヘトヘトで。で、入部するのは諦めた。
「お母さん。バスケ部に入るのは諦めた………」
「ふーん。家に帰ってきてゲームでもしたら?」
お母さんは、そう言ってスマホでツムツムをやっていた。つめたい……。

せめて、毎日の予定を書くホワイトボード係になりたくて、手を挙げたけど、ジャンケンに負けた。定員は二人。自分を合わせて三人が手を挙げた。自分が負けた。どうしてパーじゃなくて、グーを出さなかったんだろう。
委員会にも入れず。部活も諦めて。目立つ係にも入れずに、国語係なんていう、余った係に入れられることになった。なんてことだ。わたしの「中学デビュー」は、開始二週間で、あっけなく失敗してしまった。
「お母さん。もう学校行きたくない………」
「何言ってんの。行ってきなさい」
お母さんは、そう言って背中をぐいぐい押して、開いたドアからわたしを追い出した。つめたい……。

半泣きで、学校に向かった。少しくらい、やさしくしてくれたっていいのに。だって、投票で負けたってことは、みんなに選ばれなかったってことだし。かわいそうじゃん、わたし。部活だって、まあ、練習を頑張れない自分が悪いんだけど、でも、悪いかもしれないけど、頑張ろうとは思ってたんだし……。ジャンケン、運が悪かったねって、慰めてくれたっていいのに。
「トウト、どうしたの?」
アキノに声をかけられた。
「いや、泣いてないよ……」
「え? 泣いてたの?」
自分で言って、泣いていたことがバレてしまった。自分をアホだと思った。
「なんか、トウトって、毎年四月に泣いてるよね」
「え?」
「いや、ほら。去年も『小六デビューする!』とか、一昨年も『小五デビューする!』とか、言ってたじゃん」
アキノが、呆れた、って感じでこっちを見た。
「どうせまた、『中一デビューする!』とか思ってたんじゃないの?」
アキノがポンポンと前にスキップして、今度は、楽しそうに笑って振り向いた。そんなこと言ってた気もする。うーむ………。わたしは、毎年「デビュー」してたのか。いや、してたっていうか、「デビュー」に失敗してたのか。どおりで今年もうまくいかないわけだ。
「アキノさ」
「なに?」
「部活なに入るの?」
「わたし? わたしはバドかソフテニに行こうかなって思ってる。チームスポーツ、苦手だもん。もう一週間やってみて、続けられなさそうだったら、美術部か、サブカル部行く。わたし、なんか、教室でまだぼっちなんだよねー」
アキノは、小学生のときと変わらずヘラヘラする。
「まあ、そのうちなんかなって、どうにかなって、どうにかなるでしょ(笑)」
そう言って、また、アキノはヘラヘラした。なんか、どうにかなって、どうにかなるような気がしてきた。

学校は、つつがなく終わった。考えてみれば、席が近い子たちとは、ちょくちょく喋るようになった。
家に帰ると、思い切ってお母さんに言ってみた。
「お母さんってさ」
「うん?」
「いっつも、冷たいよね」
「何? 優しくしてほしいの?」
お母さんが、半笑いでこっちを見てきた。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「そっ。じゃあ、お風呂洗っといてよ」
はあー。ため息をついて、お風呂場に向かった。ちょうど、お父さんが帰ってきた。
「ねえ、帰ってきて早々なんだけど」
「ん?」
「なんでお父さんは、あの人と結婚したの?」
一瞬、お父さんがポカーンとした。
「なんでって……、まあ……、昔はーー、いい人だったんだよ……」
困り顔で笑うお父さんの顔を見て、わたしも苦笑いをした。「昔は」なんだね、お父さん……。
お風呂場に来た。床が冷たい。はあ。しょうがないなあ。ブラシを手にとった。湯船をゴシゴシとこすっていると、なんか、色々どうでもよくなってきた。
今度はソフトテニス部とか、バドミントン部とか行こうかな。チームスポーツじゃないやつ。初めての子も多そうだし。アキノも行ってみるって言ってたし。
明日の宿題やってなかった。しょうがない。休み時間に片付けよ。そんなことより、「イタいやつ」だってこと、バレないように、がんばろ。
「来年こそは、中二デビュー!」
風呂場で叫んだ。
「気が早すぎない?」
お母さんに聞かれてた。半笑いのお母さんと目が合って、自分の顔が赤くなるのが分かった。

それでは諸君。わたくし、トウトは、今回の「中学デビュー」作戦を放棄し、「作戦B」へと移行したいと思う。
(ピカチュウとリザードンのぬいぐるみが、トウトの脳内でうなづく。)
「作戦B」では、目立つのではなく、フツーに、楽しい、学校生活を目指すものとする。以上。
全体! きをつけ! 敬礼!
(トウトが、ポケモンのぬいぐるみたちに向かって敬礼をする。)
………というわけで、おやすみなさい。

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