[番外編]SUSHIとクラフトビールから読み解くスパイスカレー
今から18年程前のことだ。私はインドのニューデリーのとある薄暗いアパートにインド人数名といた。
帰国間近であった私は所持金が詐欺に遭って底をつきかけ、何なら善良なインド人から金を借りてさえいた。旅の疲れと不衛生さから腹も下し気味になっていた。
宿泊宿のオーナーの弟であるB氏から「金が無いならカレーをご馳走してやる」という理由で彼の仲間数名と一緒にアパートへ連れて来られた。
室内にあるベッドに皆腰を掛けると(知らないインド人が寝ていたが気にする素振りもなかった)、新聞紙を広げ、そこに野菜を並べ出した。
何が始まるのかと思いきや、髭面で1番屈強そうな男が革ジャンの胸元からギラリと光るナイフを取り出した。
「もうダメだ」この旅で散々騙されてインド不信になっていた私は心の中でそう呟いた。しかしナイフで脅された所で金目の物はパスポートと帰りのフライトチケットくらいしかない。どうにでもしてくれと開き直り始めた次の瞬間、男はせっせと玉ねぎを切り始めた。
そこから目に入る光景はカレー作りの経験が無かった私に取って新しく衝撃的であった。切った玉ねぎ、ニンニク、生姜をベッド横の床に持ってきたコンロと鍋で炒め始めた。アパート内はモクモク煙で曇ってくる。鍋に粉状のスパイス達を目分量でドバドバ入れていく。
アパートに知らない男がマトン肉の入ったビニル袋を手に入ってきた。B氏は袋を受け取り金を渡すと男は去って行った。しばらくするとチャパティの入ったビニル袋を持ったこれまた知らない男が入ってくると同様のやりとりをした。
マトンを鍋に放り込むとB氏は「いいか、レッドチリは入れ過ぎると腹を壊すがグリーンチリはノープロブレムだ」と言って大量の青唐辛子を刻んで投げ入れた。
私を釘付けにした光景は程なくしてインドカレーの完成へと至った。
もちろんインド滞在中は毎食カレーであったがそれまで調理工程を見る機会はなかった。
皆で鍋を囲み皿に取り分けた。チャパティにカレーを付けて口に放り込む。青唐辛子の鮮烈な辛さとスパイシーな香りが込み上げてくる。
「うまーい!」舌鼓ならぬ舌タブラを連打した。
革ジャン髭面男はマトンにかぶりつくと新聞紙の女性が写った記事を切り取り、接吻するように口元を拭いて「ガハハ」と豪快に笑った。
帰国したら絶対にこのカレーを作ろうと心に決め帰路についた(青唐辛子は見事に私のお腹にトドメを刺し飛行機搭乗ギリギリまでトイレから出れなかった)。
以上が私のカレー作りの原点である。
あれから色々なエスニックカレーを作ってきたが、気づけば現在の日本は「スパイスカレー」なるワードが飛び交って久しい。
今回の記事ではスパイスカレーとは何物なのか、今後どう展開されていくのか、私の勝手な私見を綴りたいと思う。あくまで個人的な思考によるものでエビデンスに乏しく全くもってアカデミックなものでは無い事を留意して読んでいただきたい。
守破離カレー
先ず「スパイスカレー」という言葉は私の認識では大阪のカレーカルチャーから誕生したものとなっている。インドやネパール等の現地系カレーを因数分解し、日本の食材や様々な調理法を取り入れながら店毎に個性的に再構築したもので、守破離(しゅはり)の手順を踏んだイメージだ。これが人気を博し大阪スパイスカレーなるゲームチェンジャーとして全国に影響を及ぼしている。
しかしながら最近ではスパイスカレーというワードが1人歩きしてしまい、「固形ルーを使わずスパイスから作られたカレー」という意味として使われる事が多々ある。私の店でもお客さんから「スパイスカレーありますか?」と聞かれ、「うちはエスニックカレーでスパイスカレーはやってないんですよ」と
答えると顔一面「???」になり会話が噛み合わない事がある。このことは私以外の現地系カレー(エスニックカレーと私はカテゴライズしている)を作っている人も同じような経験をしているようだ。加えて言うならそういった作り手は現地系カレーを「スパイスカレー」と一緒くたにされるのを厭う傾向にある。「スパイスカレーは日本のカレーなんだよ」と言わんばかりに。
鮨→寿司→SUSHI
ここでは異国の寿司屋をヒントにスパイスカレーの構造的立ち位置を推し量ってみたいと思う。
以下の写真はバリ島の寿司屋に行ったときのものだ。
このような寿司達は日本では回転寿司店でも見つけるのは困難であろう。
日本人からしたら「これが寿司?!」と一蹴する人もいるかも知れない。しかしこれらはスパイスカレー同様日本の寿司を分解再構築し寿司をSUSHIに再定義している。
日本の江戸前寿司が現地系カレーならば、このような寿司がスパイスカレーに相当するイメージだ。
誤解のないよう記すが料理としてどれも邪道であったり優劣がある訳ではない。センスや技術を満たしていれば美味しい歓迎すべきものだと思う。
料理はそうやって伝統を守ったり、進化したりしている。
寿司1つ取っても起源は、東南アジア辺りの食材を発酵させて作る「醤(ひしお)」文化にあり、これが発酵食品として日本に渡り変化して「なれ鮨(鮓)」となる。そこから更に変化を続け、江戸時代に時間のかかる発酵過程を省いて誕生したのがファストフードの江戸前寿司だ。
メタな視点からすれば醤が現地系カレー、なれ鮨辺りがスパイスカレーに相当するだろうか。となると延長線上にある江戸前寿司はスパイカレーの更にその先にあるものかも知れない。
クラフトビール
他にもスパイスカレーと似たような構造関係にあるものを考えると、現在のクラフトビールに思い至った。昨今の日本のクラフトビールブームは全国各地の土産コーナーを眺めているだけでも実感できる。
元来ビールはメソポタミア文明から原型のような物が誕生し、長年の時を経てヨーロッパ地方で現在のそれぞれの土地に根差したオーセンティックスタイルが確立された。
一方で禁酒法が解けたアメリカでは急速に発展したビールマーケットの中で、ヨーロッパのオーセンティックスタイルを再構築した小規模で自由かつ個性的なクラフトビールが誕生した。麦芽、ホップ、酵母、副原料を自在に操りビールの常識を塗り替える。これが海外にも影響を与え、日本にも広まったようだ。それ以前の日本はアレンジは多少あるものの数あるヨーロッパ型の一部を踏襲した大手会社の物が一般的であった。
ヨーロッパのクラシカルなビールとアメリカのクラフトビール、これらの関係性も現地系カレーとスパイスカレーの関係に似ているように思える。
価格に関してもクラフトビールは従来の大手系ビールよりもかなり高い。飲食店で飲むと一杯千円超えは当たり前になってきている。スパイスカレーも日本の旧来のカレーに比べて高価格なものが多い。ポイントはビールもカレーも消費者がその高価格帯を許容しているところだ。これはビールとカレー共に消費者にとっての立ち位置がリフレームされているようだ。
更にはクラフトビールは本来小規模で独立型が前提であるのに、日本の大手ビール会社がブームに影響され、クラフトビールを謳った商品を販売している。
カレー業界もスパイスを得意とする大手食品会社が、スパイスカレーを謳った商品を販売しているのだ。
どちらも言葉の1人歩きの結果だろう。
カレー業界の今後
ビールとカレー事情の比較は少し飛躍した話かもしれない。もっと身近で日本に帰化し、独自に進化を遂げ海外にも熱狂的なファンをもつ料理がある。
そう、ラーメン先輩だ。中華料理を起源とする先輩は日本の国民食のみならず各地方から実に沢山のジャンルが産み落とされては全国を群雄割拠している。
もちろんカレーも国民食ではあるが、ラーメンほど地方毎に色分けされたバリエーションはまだ少なく感じる。それでも札幌スープカレー、金沢カレー等を経て大阪スパイスカレーが頭角を現し徐々に地方性が増えてきている。九州地方でもスリランカ料理をベースにした「九州ランカ」なるムーブメントも耳にする。
現在のラーメン事情から日本のカレーの今後を占えるだろうか。
私はあるカレー業界の方に今後の日本のカレーはラーメン史を追随するのでは?と尋ねてみたことがあった。
思わぬ返答にハッとさせられた。
「カレー屋はですね、未だ源流の国にわざわざ行って勉強する人が多いんですよ。ラーメン屋との大きな違いはそこにあって同じ歴史は辿らないと思います」
説得力のある話であった。
なるほど私も海外渡航が好きだが、ひとたび日本を飛び出すと料理のインプットネタはそこら中に転がっている。カレーだけに絞っても国は沢山あるし国の中にも地域・宗教・民族的に多様性がある。
腹を下したり騙されたりしてるにも関わらず海の向こうから熱烈なラブコール(幻聴)が聴こえ、気づけば飛行機に乗っているからまるで共依存カップルのようだ。
現地から持ち帰ってきた技術をオーセンティックに踏襲するのも良いし、魔改造するも良し。宗教的タブーが少ない日本はオープンワールドだ。
もちろん国内に留まって研究を重ね至高のカレーを作り上げる職人も沢山いる。
こういった人々が日々しのぎを削るとどんな未来が待っているのか。今後のカレー事情も目が離せない。
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